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2010年7月

2010年7月20日 (火)

玉依姫 言の葉 5

『心に縛りをしなくとも自然体で善き心を持っている、とでも申しましょうか、そういった世界が天上世界であるのです。マイケル ジャクソンの事について以前お話し致しましたが、彼の魂の兄弟は大天使ミカエルであり、又、日本神話で天の岩戸を開ける為に踊られた神、

天宇受売(アメノウズメ)でもあります。単に芸術系の御霊でもございません。

今 オバマ大統領が黒人初の合衆国大統領になりましたが、当時の黒人社会を考えますとマイケルの活躍なくして黒人の大統領など存在しておりません。白人の子供達が初めて黒人イコール奴隷のイメージを捨てて、かっこいい、と認めて黒人の真似をする事も流行りました。黒人を初めて認めた世代がまさにオバマ世代なのであります。ですから、やはり、芸術家としては勿論でありますがミカエルがかなり指導していたという事であります。』

         玉依姫

ミカエルという御霊は、相当広範囲にわたる働きをなされておられるということがお解り頂けるのではないかと思います。

単なるキリスト教における大天使のみならず、その御霊の一部を出し、私たちが気づかないところでも、これまで数多くのお働きがございました。これほどまでに情熱を持たれた御方もいないのではないでしょうか。

この地球系霊団におきまして、ミカエルがいるということがどれほど、わたくしたちにとりましても光栄なことであるのか、いつも、そのように思います。

こちらのブログでは玉依姫からの最新の情報等をお知らせして参ります。また、それを信じる、否定するは、各自のご自由でもございます。

が、何事においてもそうですが、こだわりや縛りを取り去って、いろいろな物事を「観る」のと、ある一つの狭さの中にいて物事を「観る」のとでは、雲泥の開きがやがて出て参ります。

どうぞ皆様方も、信じる、信じないは別にして、自らのこだわりや縛りといったものから自由になること、もうそういう時期に来ているのです。これから迎える新たな地球は、私たちの一人一人の魂の解放から始まっていく、ということをくれぐれもお忘れにならないで頂きたいと思います。    

(出雲)

2010年7月13日 (火)

玉依姫 言の葉 4

例えてみますと、この現在の日本は高齢化しておりますね。戦争を体験された御方達は少なくなっておりますが、様々な経験、非常な体験をされてこられた御方達がまだ少なからず存命されておりますね。大変な御苦労御苦難を体験された御方達がまだおりますね。それは有り難い事でもありますね、三次元におきましてこういった過去の戦争というものを体験した事がない人達ばかりになりますと、必ずといって良い程また同じ過ち、戦争が起こってしまうのです。

これは、遙か昔、三千年というスパンを超えた何万年というスパンで御話ししましても全く同じ事がいえる、いえたのですね。それは、あくまで三次元での御話しでありますが、つまりこういう事なのです。

経験者、体験者から直接その体験であったり経験を聞くチャンスのある御方は、御自分の実体験ではないにしても、かなりの体験ですか、「聞く」という事によってその、例えた「戦争」の恐ろしさ、愚かさを自分というフィルターは通したものの、かなり「実体験」に近いものを得られるのですが、実際の体験者がいなくなり始めますと、その「戦争」の恐ろしさが分からなくなってしまうという事ですね、直接聞いたという御方もいなくなりますと、もう全く分からなくなってしまうのですね。毎日食べるものにも困らず、命の危機はまず一般の御方であればないのですから、幸せな筈なのですが、幸せではないと思っております御方の何と多い事でありましょう。

これも例えの御話しでありますが九次元という世界から下生された御方達が今の地球の「世界宗教」を創ったという形で残っておりますが、これは本当のところかなり違ってしまっているのであります。まず九次元存在の御方がこの地上に存命中でありましても、直接御話しを聞いたという御方であっても、それぞれの御自分のフィルターにかけておりますし、更に御自分の意見ですか、主張というものも用いて、一つの「教え」から更に遠ざかってしまう事もございます。

まして、直接御聞きになれなかった御方達が、御自分の頭でですね、御自分の頭で理論ですか、このようなものを組み立てて、新たに「御教え」ですか、このようなものを創ってしまう事もございますね。新たに分裂する細胞の様に枝分かれして参ります。未だにこの傾向は続いておりますように感じて仕方がないのが、私の正直な気持ちであります。哀しいですね、哀しい事であります。何故かと申しますと、確かにその時々に時代に要請された形で、新しい「御教え」というものが出来ますが、それが、とても小さい、とても小さいスパンと、自己実現でしょうか、三次元での成功率でしょうか、そんなものの上にたってものを観ていらっしゃる御方の何と多いことか、という事に哀しみに近い感情を抱いてしまうのです。

みなさんに言っておきたい事がございます。「寛容」の心で世の中を観る事です。素晴らしい新しい「宗教」ですか、間違っていない事を確かにうちだしているところもございましょう。が、しかし、そこに集まった御方達に「苦しみ」を与えているようでは三次元にたまたま出来た偶然の産物に過ぎないという事であります。いかに頭が宜しくても、いかに御立派な御方でありましても、決していかなるものによっても強制は出来ない事であるのです。このことはこの地球がそうであるように、
「龍宮界」の考え、教えであります。私達は、誰が偉いとか、素晴らしいというレッテル、何次元だから偉いとか、何次元だから低いレベルだの、そのようなものの考え方は致しません。母であるこの星、地球と全く同じ考えのもと存在する世界なのです。ですから、三次元で大きな新たな宗教を起こそうという気もございません。
「龍宮界」の人口が増える事は喜ばしい事でありますと同時に、また今程私達の世界から下っている御方が多い時代もありませんから、間違ったことを正したいと思っております。

         玉依姫

2010年7月 9日 (金)

玉依姫 言の葉 3

『様々な次元からこの今現代に肉体を持ってこられた御方は過去をみていきますと、三千年でありましょうか、それを何とかしたいと出て参っている御方はとても多いですね。今の人類文明というのは三千年のスパンで考えていった方が分かりやすいと思いますので区切ったお話になりますが、その後始末というと非常に悪い言霊でありますが、一言で申しますと、地球に住む私たちは皆平等であり、国の違い、宗教の違いで排他する時代は終わった、という事なのです。いえ、それはある時代には必要でありました。

が、今次元は変わりつつあるという事を伝える為、貴方の言われる高級諸神霊が数多く肉体を持って参っているのです。何より争いの種を蒔いてしまった、世界宗教の御方達はもう必死でありますよ。

つまりは、昔でありましたら「神」でありますね、三次元の肉体を持っております以上、肉体存続の為、また、その中におります自分のプライドですか、この様なものの為に日々、一喜一憂、喜怒哀楽の中におりますのが私たちなのでありますが、そこから、少しだけ抜け出す方法でありましょうか、何でしょうか、術を知っております御方達といいますのが、貴方の言われる高級諸神霊という事なのでありましょう。九次元といわれる次元から来ていらっしゃる、といいますか、来られた御方が、私達の認識の中では、後に「神様」と呼ばれております。

では「神」とは、と申しますと、本当のところ全て肉体を持って私達の三次元に生まれた事があります以上、私達と、それほど違いというものはないのでありますね。何が私達と大きく違いますかと申しますと、経験、体験が違うといっても過言ではないのであります。簡単な御話し、人間で申しましたら、年長者という事になりましょうか、年はとっている訳ですね、若者ではないという事であります。

ですから、経験、体験が多い訳であります。といってただただ体験が多いからといって全ての御方が、私達の思うところの「神」になっているいるかといえばそういう訳でもないのですね。この辺が説明するのに非常に困難でありますね。』

                玉依姫

玉依姫 言の葉 2

『確かに、今の世界宗教を残された御方達は今は私達にとりましては明らかに神様であります。また、素晴らしい功績を残されました。が今現在のこの大きな規模での「地球」を一つにする、といいますか、もともとは一つの教えが元にありましたから、これを元に戻そうという事で九次元の御方達は大変な苦労もしている訳でありますが、

この三次元の世界というのは本当に難しい世界でありまして、大きな使命を持たれて下生されましても、肉体、物質の世界の虜ですか、そうなって、ただ単なる「自己実現」の世界に埋没してしまっている御方も哀しい事ですがございますね。上を目指す男性霊はとかくこのような過ちをおかしてしまいますのでしょう。

が、過去、名前が残っておりますのは全て男性でありますね。不思議な事でありますが、こういった処に女性霊の特質も隠されているという事を覚えていて頂きたいですね。貴方のおっしゃった様に、女性霊が活躍した時代といいますのは「平和」な時代が多かったという事です。ですから敢えて名前も残っていないという事があるのでございます。』

                玉依姫

玉依姫 言の葉 1

『知の力では御霊という根本を救う事は出来ません。確かに、これから未来に続きます私達のこの三次元では「知」というものが大きく貢献して参ります。それは、アインシュタインという御方ももうすぐまた、この世界に転生して参りますし、科学という面で人類に貢献される御方が、本当に一時期とても増えます。そう遠くではありません。

と、いいますのも、次元ですか、この「地球」の次元というものが一段階上がると申しましょうか、そういう時期といいますのが、今もうすでに始まっているのですね。つまり、もう、一つの小さな「宗教」であるとかの存続の為の時代が終わっている、と分かっている御霊達も今本当に下生してきているのであります。

三千年前の地球とは違うのです。その時々に必要であった「宗教」というものは、逆にいいますと、小さな世界ですか、一地域であったり、一国家であったり「区切り」ですか、こういった中で必要であったともいえるのでありますね。

ですから、一神教の国同士で争いとなりましたね。まだこの日本の国は八百万の神々を受け入れている国でありますからこういった仕事を興していくのにはとても良い環境にあります。一つの国として「地球」をみていく時代が来たという事であります。そこには「我こそは神である」という考えはいらないのですね。神といいますのは生存中に言われるべきではないのです。それを望むのは神の本質ではありません。』

         玉依姫

2010年7月 5日 (月)

道の栞 ②

誠の信仰は、人の目より見て不信仰に似たり。

不信仰は信仰に似たるものなり。

誠の親孝行は、人の目より見て不孝に見ゆることあり。

不孝はかえって孝行に見ゆることあり。

誠の親切は、人の目より見れば不親切に似たり。不親切はかえって親切なるごとく見ゆることあり。

真の善なる行状は、人の目より見て悪のごとく見ゆるものなり。悪はかえって善なるごとく見ゆるものなり。

真に智慧あるものは、人の目より見て愚かなるごとく見ゆるものなり。愚かなる人はかえって智慧あるごとく見ゆるものなり。

「道の栞」   出口 王仁三郎

道の栞

われこそは、神の信仰まったきものぞと思う

うちは、いまだ神の御国の方向さえも知らぬ

ものなり。

洗えども洗えども清まらず、

歩めども歩めども、

道の遠きをかこつ心にならば、

やや神の御前に近よりし者なり。

「道の栞」   出口 王仁三郎

美しき心情

『美しき心情

言葉に勝り

肉体に勝り

時に君子にも勝る

ゆえに神の有する処なり』

玉依姫

 これからの新たな時代は、横水平に、地球規模的に「愛」というものを押し広げていく時代となります。 この横水平に広がる愛に、女性霊の本質であります、優美さやしなやかさ、純粋性というものが織り込まれていくことによって、そこから潤いというものが生まれて参ります。

龍宮女性ばかりではなく、女性霊が本来持っている陰のエネルギーは、次元というものを超越している部分がございます。男性霊にはない、極めて特殊なエネルギーを持っております。

大宇宙には法則というものがございますけれども、同じ波長でないと同通しないという法則がございます。
お釈迦様やイエス様、孔子様、こうした方々は九次元という波長を持たれた方々でございますけれども、しかしこうした方々をお生みになった方々は、九次元の御方々ではありませんでした。このように女性霊の本質にはベールに包まれた特殊な力が与えられているのです。

また、過去、数々の尊い教えを残されてきた方々というのはすべて、男性霊でございました。 それはそれで大変素晴らしく、決して女性霊が真似の出来るものではないでありましょう。けれども、そんなに情熱的でもなく、理論立てた法理論を展開することなく、人に教えを説くということもなく、それでいて、人を感化し、人を変えていく不思議な力を持っているのが、また女性霊なのです。

そしてそこには男性霊のように争いというものを生むことなく、全てを包み込んでしまうエネルギーがあるのです。
天上界からの要請といたしましても、「母性の復権」という号令がかかっているのもまた事実でございます。殺伐とした世の中においては、やはり「母性的な力」、「潤い」というものがどうしても必要なのです。

龍宮界では、現代の大和撫子として、女性は「やさしく」、「かわいく」、「うつくしく」というコトバがございます
これは言い換えれば、女性は、包み込むような母性を持ち、いつまでもあどけなく、純朴で、内面からにじみ出てくる心根の美しさというものを忘れないでください。それを訴えているのが、豊玉姫、玉依姫を代表とする龍宮の女性霊たちでもございます。

また、男性たちに望んでいることは、「責任感」のある優しさです。
ほんとうに優しい男性というのは、責任逃れは絶対にしないものです。
しかし、知的に優れている方のなかに責任感がない、という方が多くおられます。仕事上でありましても、いかに責任を追及されないようにするか、その道筋をつけておいてから、安心して仕事をするという方がおられます。やはり人物としても、もう一つ魅力には欠けますし、女々しいと言っては大変失礼でありますけれども、小成しか出来ない方たちなのだろうという印象を持ってしまいます。

優しい、愛ある男性というのは、責任逃れなど絶対しないものですし、全てを受け入れる度量があります。自分自身には厳しく律していこうとする心がございますし、言い訳など絶対にしません。こういう方というのは自ずと寛容な心というものが形成されているものです。

男性霊の課題と言いますか、学ぶべきものとしては、縦にだけ伸びようとするのではなくて、横に広がる「調和の原理」に学ぶということも男性霊の共通の課題としてあります。そして横水平にみんなで手をつなぎ日本人やいろんな国籍というものを超えて「地球人」という認識に至り、自他一体の心境にまで達すること、それが目標でもあります。

そのためには、寛容さを学ぶということが大事であります。そして、もう一回り器を大きく広げていくということが求められます。そうなるためには、他者から学ぶということ、違った視点を持つということ、そうしたことが大事になります。
これまでの自分の生き方、仕事の仕方、あるいは神理というものにおきましても、自分が学んできたものだけに固執して他のものを受け付けない、というような心の狭さがあるうちは霊的進化ということはありえません。

日本には「大和魂」という言葉があります。この言葉は特攻隊のような、あるいは根性というようなとらえ方がなされておりますが、「大和」というのは大きな和、すなわち「調和」であります。

すなわち、その中心には、もともと大和の古き良き日本的なものがあります。それを中心にして、たとえば諸外国の素晴らしいと思われるものを取り入れ、大和的なものに融合させて独自のものへと変化させていくところに本来の意味があったはずです。

ところが諸外国のものを取り入れても、もともと大和特有のもっとも大切な中心部分を排除して、諸外国のものに入れ替えていった結果が現在の混乱した国の有様になっていってしまったのだと思います。

男性はこの「大和魂」というもの、つまり他者から学び、良いと思われるものをどんどんと取り入れ、自分自身の個性的なものに変化させ、融合させて器を大きくし、違った視点を持つことが大事です。

いろんな視点で物事を観れる人というのは、自ずと寛容になります。そのためには、謙虚な心で「学ぶ」ということをしなければなりません。この大和魂というのは、相手の力をも自分の力にしてしまう柔道のようなものです。

さらには失敗の教訓から学ぶということもあります。その時には辛いこともございます。傷つくこともございますけれども、それでも、雪だるまのように少々の砂が混じっても、泥がついても、どんどん転がっていって大きな雪だるまのようになっていく、ということが大事だと思います。
決して結果主義になるのではなく、失敗を恐れるケチくさい人間にはなってはいけないのです。

そしてこのようなことを続けながら、その得た力を「大いなるもの」のために、これからの時代のために、次世代の人達のために、すなわち「大義」のために使おうとする崇高な念いを持つことが男性としての生き方として望まれることであります。

新たな水瓶座の時代

いよいよ水瓶座の時代、アクエリアスの時代に地球は入ります。
これまでの地球から新たに一段次元の上がった地球とするために、霊天上界では、様々な計画が遂行されつつあります。これからの時代は、霊的覚醒の時代です。民族意識を越え地球人としての目覚めのはじまりです。

こうした素晴らしい時代を創造するために霊天上界では、これまで、それぞれの霊団で、ある特定の宗教を、哲学を、芸術を指導してきた九次元霊と言われる高級神霊とでも言うべき方々が宗教、宗派を超え、霊団を超えて総結集して宇宙文明の仲間入りの出来る地球としていこうとしているのです。おそらくは地球史始まって以来の大事業でもございます。

そのなかには皆様方が歴史においてもよくご存知の有名な方々も地上に出ておられますし、今後も続々と予定を組み地上に降りてこられる高級諸霊の方々がおられます。まさに神話の時代に私たちは生きているのです。

けれども、その前に大きな困難が待ちかまえているかもしれません。今、地球意識が非常に病み、大変苦しんでおられるのです。この地球にも人間と同じように巨大な神霊が宿り、私たちが魂修行していけるようその環境を与えてくださっています。

新たな文明の幕開けのためには、地球自体の浄化作用が必要になってくるのです。
人類の積年の悪想念が自壊していく姿、それがどのような姿として現れていくかということは、あまり考えたくはないことでもございますけれども起こるべきことは起こっていくでしょう。
二十世紀は大変罪深い世紀でした。二十一世紀は、その総清算をして行かねばならない、その時期に差し掛かります。

このような過渡期的な時期というのは、危機の時代のようにも見えます。しかし、こうした時期を通過した、その次には新たな時代の幕開けが待っているのです。
これからの時代はキリスト教、イスラム教、仏教といった一宗教、一宗派というものはもう卒業し、そうした特定の枠組みというものを取り外し、本来のあるべき、方便のない教えと言いましょうか、一つの「地球教」とでも言うべきものになっていくのです。

この三次元世界である現世におきましても、もう日本人やアメリカ人、ヨーロッパ人などという民族の枠を超えて、「地球人」としての自覚に目覚めていく時代が始まっていくのです。

先にも申し上げましたように、こうした新たに時代に向けて、この地上には霊団を超えて、様々な方々がこの大和という地に降り立ち、天上界と一丸となっての働きをされている方々が数多く出て参ります。

日本という国は神国というふうに言われていますけれども、すでに三千年以上も前から、この大和の地を拠点として、神々と称されてきた方々が降り立ち、この日本から新たな
神の理(ことわり)というものを世界に向けて広げていく、そのような計画がすでになされておりました。そのためにこの小さな龍体をした島国が創られたのです。
この島国を創るにあたりまして、最初に山岳、仙人、天狗、龍宮、そうした世界の方々がその地ならしをしてきたのです。

これからなされていく天上界の大事業を担っている方々というのは、たとえて申しますならば、古い家々を取り壊す、解体の役目を担っている方々、新たな大きな地球教という家を建てるための基礎工事をされる方々、家の土台作りをなさる方々、壁をお造りになられる方々、屋根を造る方々、などそれぞれのお立場で、これからの新たな時代の幕開けのために、
それはそれは、血のにじむ努力が繰り広げられていくのです。

こうした中にあって、龍宮界、とりわけ女性霊の世界の役割は、たとえて申し上げるならば、家の中に装飾を施し、庭には美しい色とりどりの草花や木々を植え、夜にはオシャレなデザインの外灯で人々の足もとを照らす、そうした潤いと温かさに満ちた「おもてなしの心」というものを担っているのです。

龍宮の女性霊たちは、他の霊団の方々のように教えというものを説く世界ではございません。
他の高次元世界の霊人たちは何か一つの方向性と言いますか、一つの角度からの教えというものによって、人々を導いて参りましたけれども、龍宮の女性霊たちというのは、「表現してみせる」という、

ひとつの「アーティスト」でもあるのです。
そして、その表現の奥にあるものというのは、「心象の美しさ」、「優雅さ」、「謙虚さ」、「やさしさ」、「誇り高さ」、「芯の強さ」そうしたものが内包されているのです。

かつて、弟橘姫が地上に下生したことがございましたけれども、彼女もまた、一人の「表現者」として、その生き様のなかに日本女性としてのあり方を示したのです。
これが本来の龍宮女性たちの世界なのです。

2010年7月 3日 (土)

自身を生きるために

みなさんは、「ご自身」を「生きて」いらっしゃいますか?
「こうあらねばならない」、「こう生きなければならない」、
「このようにしなければならない」 いつしか、ご自身にも枠組みを創り、一つのレッテルのようなものを貼っていませんか。

気づかずに自分に貼ってしまっているレッテルで周りを観るときには、必ず 他人にもレッテルを貼ってしまっているです。
そして、こうした無意識の縛りのなかで、多くの人々の御霊は苦しんでいるのが実情なのです。みなさま方にまず最初に知って頂きたいのは、ご自身を縛り付けているその縛りを解く、ということなのです 。

この三次元世界には霊天上界から観まして、何ともやっかいな三次元的な価値観というものがあります。大抵の方は、三次元的価値尺度という物差しでご自分を計り、他人を計り、そして、他と比較し、一喜一憂し、劣等感を持ち、優越感を持つ、そのような世界に見えるのがこの三次元世界なのです。すなわち、自己顕示欲が現れやすい世界なのです。

こうした三次元的価値観に疲れ切り、自暴自棄を通り過ぎた方たちが、時に自殺をしたり、犯罪に走ったりすることが多くございます。そこまで行かずとも、人を嫉妬し、憎み、
己可愛さ故の他者の蹴落とし、色々な地獄的な様相を呈しているのがまた、この現代社会でもあります。

こうした縛りから解き放たれ、御霊を解放していくためには、ご自分自身の内に眼を向けてみる必要があります。
みなさま方には、信じられないという人もいるかもしれませんが、お一人、おひとりには守護霊という存在がついております。どの方にもついておられます。そしてその存在はみなさま方ご自身であると言ったら驚かれるでしょうか。どの方にも御霊の兄弟姉妹がいるのです。

目には見えないかもしれません、感じないかもしれませんが、みなさま方のことを誰よりもよく知っている方々がおられるのです。
そして、御霊の兄弟、姉妹たちが共通して訴えたいこと、というのがございます。

それは、
「私たちはあたなが生まれてより今日までずっと、あなたと一緒にいました。あなたが悲しい時や辛い時には、共に涙を流し、あなたが嬉しい時には私たちも共に微笑んできました。これからもいろんな出来事がありますが、私たちが立てた課題に勇気を持って立ち向かってください。そして、自身に正直に生きてください、あまりにも多すぎる虚飾を取り去ってください、謙虚に生きることの大切さを知ってください、裸の神の子として赤裸々に生ききって ほしいのです。」という強烈な願いを持っているのです。

この御霊の兄弟、姉妹たちの願いに応えていく時に、私たちは、真の意味において自分自身というものを取り戻すことが出来るのです。あなたらしい生き方、あなたらしい一輪の花を咲かせることが出来るのです。

また、みなさま方のなかには、様々な宗教を遍歴されてきた方々もおられるかもしれません。未だに一つの教えに縛られている方もいらっしゃるかもしれません。過去説かれてきた教えというものも、その本質においてはどの教えも、唯一の神の御心につながるように説かれてきたものなのです。その教えの「道」を真っ直ぐ奥の奥まで突き進んだ時に、唯一の神の御心という世界に入っていくようになっているのです。キリスト教は愛の道を、仏教は悟りの道を、イスラム教はコーランの道を、神道は惟神(かんながら)の道を、真っ直ぐ真っ直ぐ進めば、共通した「場所」に行き着くようになっていたのです。

全て、宗教に属する人たちが、神の御心に行き着いていれば、昨今のような宗教戦争というのは、とうてい起こるはずもありません。「宗教」という枠組みすら、薄れていくはずなのです。けれども、そうならないのは、何故なのでしょうか。何故、自分の属する教えのみ正しく、他は邪教とし排撃するのでしょうか。

それは自分自身が唯一なる神の分け御霊であることに気が付いていないからだと思うのです。自分は原罪を背負っているとか、無常であるとか、戒律だとか、中途半端に一点に縛られ、あるいは団体そのものの組織という狭い枠に縛られてしまうから、唯一の神の御心にまで進めないでいるのです。

どの方もみんな神の光を宿している存在なのです。まず、このことに目覚めなければなりません。
「どうせ自分なんか...」という人が時折いますが、神という御方は、ちょうどパズルを組み立てておられるようなものです。 地上に生きる人間と霊界を含めた何百億もの御霊の数の、 1ピース、1ピースを喜びをもって、はめ込んでおられるのです。
もし、『あなた』という個性ある1ピースが無くなってしまえば、 そのジグソーパズルは、永久に完成しないのです。神にとっても、『あなた』という個性ある1ピースがどうしても必要なのです。これを称して『神の子』と言うのです。

神の理(ことわり)を知るというのは、自分自身が神の子であり、たった一つの個性ある御霊として神から分かれてきたということを知る、その一点につきているといっても良いくらいなのです。神さまは自己反復を決してなさいません。お一人おひとりの御霊を個性的に目的を持ってお創りになっているのです。 どの方もすべてが尊い存在なのです。

今回の玉依姫、豊玉姫の下生では、みなさま方にお伝えしたいことは沢山ございますけれども、お一人おひとりの御霊をいかに解放していくか、そのための様々なアドバイス、そして御霊の偉大性というものもお伝えしていくことになると思います。

わたしたちは、一宗教、一組織を創るために活動をしていくのではありません。その対極の考えにあるのです。  これからの時代は、もう一宗教というような狭いものは何の用も足しません。本来の意味における御霊の「自由」というものをみなさま方に知って頂きたい、その強い念いがございます。

龍宮界への扉

みなさま、初めまして。出雲と申します。

これまで様々な高級諸神霊の霊言をご紹介して参りましたが、こちらでは、主に龍宮界について、そのお考えをお伝えしていく予定でございます。

現在、私たちのこの地球の変革の時期に先立ちまして、実に様々な方々が、天上界より地上に降り立ち、懸命な心ある活動がなされております。

そうしたなかにあって、龍宮からは、その代表として、玉依姫の御霊を持たれた方が下生し、その身にあちらの世界に居られます玉依姫を降ろし、先の時代に残すべきものを残すために、ある時は、語り降ろし、ある時は自動書記として、玉依姫の言葉を伝えております。

2004年に、「幸せを呼ぶ龍宮物語」 (潮文社)を世に問うてから、すでに六年という歳月が経ってしまいましたが、今後、再び続々と玉依姫の言霊を世に問わなければならない、そうした時期が来たようでございます。

やがて、出版という形を通して、みなさま方の眼に触れるようになると思いますが、こちらのブログにて、そのさわりの部分もご紹介出来ればと思っております。

また様々なご質問等などもわたくしのコメント記事として書いて参りますが、まあ、それはあくまで参考程度として、

玉依姫から発されるその透明感ある言霊にふれて頂き、懐かしいご自身の御霊の響きを感じて頂けたら、これに勝る喜びはございません。

             出雲    拝

「この経綸(しくみ)遂げ終(おほ)せたる暁は

神人ともに歓喜(よろこび)に充(み)たむ」

     出口 王仁三郎

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