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2010年7月 5日 (月)

美しき心情

『美しき心情

言葉に勝り

肉体に勝り

時に君子にも勝る

ゆえに神の有する処なり』

玉依姫

 これからの新たな時代は、横水平に、地球規模的に「愛」というものを押し広げていく時代となります。 この横水平に広がる愛に、女性霊の本質であります、優美さやしなやかさ、純粋性というものが織り込まれていくことによって、そこから潤いというものが生まれて参ります。

龍宮女性ばかりではなく、女性霊が本来持っている陰のエネルギーは、次元というものを超越している部分がございます。男性霊にはない、極めて特殊なエネルギーを持っております。

大宇宙には法則というものがございますけれども、同じ波長でないと同通しないという法則がございます。
お釈迦様やイエス様、孔子様、こうした方々は九次元という波長を持たれた方々でございますけれども、しかしこうした方々をお生みになった方々は、九次元の御方々ではありませんでした。このように女性霊の本質にはベールに包まれた特殊な力が与えられているのです。

また、過去、数々の尊い教えを残されてきた方々というのはすべて、男性霊でございました。 それはそれで大変素晴らしく、決して女性霊が真似の出来るものではないでありましょう。けれども、そんなに情熱的でもなく、理論立てた法理論を展開することなく、人に教えを説くということもなく、それでいて、人を感化し、人を変えていく不思議な力を持っているのが、また女性霊なのです。

そしてそこには男性霊のように争いというものを生むことなく、全てを包み込んでしまうエネルギーがあるのです。
天上界からの要請といたしましても、「母性の復権」という号令がかかっているのもまた事実でございます。殺伐とした世の中においては、やはり「母性的な力」、「潤い」というものがどうしても必要なのです。

龍宮界では、現代の大和撫子として、女性は「やさしく」、「かわいく」、「うつくしく」というコトバがございます
これは言い換えれば、女性は、包み込むような母性を持ち、いつまでもあどけなく、純朴で、内面からにじみ出てくる心根の美しさというものを忘れないでください。それを訴えているのが、豊玉姫、玉依姫を代表とする龍宮の女性霊たちでもございます。

また、男性たちに望んでいることは、「責任感」のある優しさです。
ほんとうに優しい男性というのは、責任逃れは絶対にしないものです。
しかし、知的に優れている方のなかに責任感がない、という方が多くおられます。仕事上でありましても、いかに責任を追及されないようにするか、その道筋をつけておいてから、安心して仕事をするという方がおられます。やはり人物としても、もう一つ魅力には欠けますし、女々しいと言っては大変失礼でありますけれども、小成しか出来ない方たちなのだろうという印象を持ってしまいます。

優しい、愛ある男性というのは、責任逃れなど絶対しないものですし、全てを受け入れる度量があります。自分自身には厳しく律していこうとする心がございますし、言い訳など絶対にしません。こういう方というのは自ずと寛容な心というものが形成されているものです。

男性霊の課題と言いますか、学ぶべきものとしては、縦にだけ伸びようとするのではなくて、横に広がる「調和の原理」に学ぶということも男性霊の共通の課題としてあります。そして横水平にみんなで手をつなぎ日本人やいろんな国籍というものを超えて「地球人」という認識に至り、自他一体の心境にまで達すること、それが目標でもあります。

そのためには、寛容さを学ぶということが大事であります。そして、もう一回り器を大きく広げていくということが求められます。そうなるためには、他者から学ぶということ、違った視点を持つということ、そうしたことが大事になります。
これまでの自分の生き方、仕事の仕方、あるいは神理というものにおきましても、自分が学んできたものだけに固執して他のものを受け付けない、というような心の狭さがあるうちは霊的進化ということはありえません。

日本には「大和魂」という言葉があります。この言葉は特攻隊のような、あるいは根性というようなとらえ方がなされておりますが、「大和」というのは大きな和、すなわち「調和」であります。

すなわち、その中心には、もともと大和の古き良き日本的なものがあります。それを中心にして、たとえば諸外国の素晴らしいと思われるものを取り入れ、大和的なものに融合させて独自のものへと変化させていくところに本来の意味があったはずです。

ところが諸外国のものを取り入れても、もともと大和特有のもっとも大切な中心部分を排除して、諸外国のものに入れ替えていった結果が現在の混乱した国の有様になっていってしまったのだと思います。

男性はこの「大和魂」というもの、つまり他者から学び、良いと思われるものをどんどんと取り入れ、自分自身の個性的なものに変化させ、融合させて器を大きくし、違った視点を持つことが大事です。

いろんな視点で物事を観れる人というのは、自ずと寛容になります。そのためには、謙虚な心で「学ぶ」ということをしなければなりません。この大和魂というのは、相手の力をも自分の力にしてしまう柔道のようなものです。

さらには失敗の教訓から学ぶということもあります。その時には辛いこともございます。傷つくこともございますけれども、それでも、雪だるまのように少々の砂が混じっても、泥がついても、どんどん転がっていって大きな雪だるまのようになっていく、ということが大事だと思います。
決して結果主義になるのではなく、失敗を恐れるケチくさい人間にはなってはいけないのです。

そしてこのようなことを続けながら、その得た力を「大いなるもの」のために、これからの時代のために、次世代の人達のために、すなわち「大義」のために使おうとする崇高な念いを持つことが男性としての生き方として望まれることであります。

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