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2011年2月

2011年2月21日 (月)

龍宮逸話

私達、日本の龍宮界が大陸から参りました事で、今は先に進みたいと思います。

麗と凛に出向かわれました私が、あちらの玉依の隣に座した時の御話しに戻ります。

今から百五、六十年前に日本に御生まれになった髪を結った面長の御方と玉依の御話しを聞いておりました時に戻します。

どうやら、この御方はどこでしょうか、幕末でありましょうが、大きな御城でしょうか、そんな背景がみえましたが、何か事情のあります御方のようでございますね。少し粋な感じにも私にはしましたので、御城とかには御縁がないような感じでおりましたが、どうも、そうではないという事のようなのであります。

この後は、あちらの玉依とその御方の御話しを、そのまま、隣で聞いている私の考えや、思うことを省きまして、そのまま書きましょう。

しばらくの間、その御二人の会話をそのまま、書いて参りましょう。

龍宮逸話

今から大体一万年位前に、日本の周り、あるいは上空に「龍宮界」という「霊域」ができたという事であります。が、ではこの頃から私達がこの「霊域」にいたか、存在したかといいますと、少しばかり違うのであります。この頃、私達(御魂)でありましょうか、つまり龍宮界に今存在する私達がおりましたのは、まだ今の「中国大陸」の方なのです。

この頃はまだ、(この日本という島国の形は出来、霊域も出来あがりました)が、住むという、と少し又ニュアンスが違うような気が致しますね。この頃からしばらくしますと中国にも「文明」ですね、今に繋がる「文明」でありますが、これが出来る時期でありまして、私達(今の「龍宮界」に居ります御魂の多く)は大陸において、様々な活動をしていたのであります。

西洋ですか、そちらの大陸にいた御方もおります。この時期時代には主に大陸に皆さんおりました。それは、今に繋がる「文明」といいますのが「大陸」でおこりましたから、当然といえば当然なのでありますね。

 何とも、反芻しながら、ゆっくりと御話が進んでおりますが、それでもいつかは、あっと云う間に色々な事を皆さんにお話しできた、と思う時がやってまいりましょう。全く「亀」といいますのは、ある意味私達の世界の「象徴」と申しますか、動いているのか、いえ、眠っているのか、死んでしまったのか分からない存在でございますね。

ところが、この「亀」といいますのは、条件、環境が整いましたら、恐らく三次元の亀に関してで御話し致しましても、他のどのような動物よりも長命なのであります。又、今までここにいた筈なのに「あっ」と云う間に遥か遠くに居る事があるのでございます。私のこの「龍宮逸話」も始まったばかりで、何やら私が、あちらの玉依の処に行き、玉依の処にちょうど「訪問客」がありまして、その御話しにいく前に、こういった寄り道と申しますか、御話しは大変な寄り道をしている訳でありますね。

が、こういった寄り道のような御話しといいますのが、実は皆さんが聞きたいと思っていらっしゃる事が多いような気もしているのでございます。特に、出口王仁三朗様の名前をだしました以上はもう、御本人の後押しもございますから、このような感じで進んで参ります事を御承知して頂きたいと思っております。

 で、「それは、分かりました。が、いっこうに進んでいないような気がする。」と思われる御方もおいででありましょうが、「何とも面倒な尾話だ。」と思われる御方もおいででありましょうが、こういった世界が、女神のいる「龍宮界」の持っております特徴のようなものなのでございます。

こういった事を云っているのであれば、自分達の事で他の御方に申し訳けないという事まで分かっているのであれば、他の御人に合わせてやられたらどうか、という声も聞こえて参りそうでありますが、それは昔から、やってきた事ではございませんので、御了承願うほかございません。在り難い事に、このやり方でも愉しみに読みたいとおっしゃて頂いているという事を聞きまして、今更ながら、永く永く書いて参ります。

 王仁様と変なお話しでありますが、「力比べ」ですか、その様なことをあちらでお話しした事がございまして、色々と御話しして参りましたが、アドバイスも頂きましたが、全ての事において「勝ち負け」という言葉はあまり好きではないのでありますが、「負け」という事でありましょうか、私は「女性霊」でありますから、強い「男性霊」のようには出来ないという事に又気ずかされております。

 当時、一万年程前、今この日本に存在致します「龍宮界」におります殆どの御方が中国にあります「龍宮界」におりました。当時は、本当に多くの御魂が中国の上空と申しましょうか、霊域ですね、「龍宮界」に住んでおりましいた。先程も申しましたが、この当時、西洋ですか、ヨーロッパの方にも「龍宮界」といいます霊域がございますが、そちらに居られた御方もいた訳ですが、今この日本の「龍宮界」においでの御方は殆ど中国に居られた御方でございます。

そして、王仁様は最初、西洋のほうにおいでで、早いうちに中国の「龍宮界」に移られた御方であります。西洋的な御考えもお持ちでありながら、だからなのでしょうか、いたって大胆、なところも御持ちな御方でありますね、そして中国の頃には積極的に三次元に生まれた事もございます。

 王仁様の御話しも、今のところなるべく早く進みませんと、何ともじれったいと思われている事でありましょう。彼は中国大陸にしっかりとした「龍宮界」ができました当初から、移住ですか、まあ、大陸の「龍宮界」を創るともいえますが、その為に西洋の「龍宮界」から、早い段階で来られた御方なのですね、

そして、何度か三次元にも生まれた事がございました、という事は先程申しました通りでございます。中国に生まれたという事でありますね、お名前を今申しますと、さらにそちらの御話しにいってしまいますし、又この御話しの中で出て参りますので、今は省略致しますが、

御話しを現代に、ですか、現在に移しますと、「大本教」というものを常に見守っていらっしゃいますね、やはり、なんですかグローバルな感覚で見守っておられます。ですから、王ニ様の見守っておられる現在あります「亀山」ですね、ここに世界中から、「修行」でしょうか、何でしょうか、様々な御方が来ていらっしゃいますし、一つの宗教というのではなく、人間「王仁三郎」様を慕って集まって来られる御方が多いですね、

又、彼の生存中よりも違った意味で、公になっておりましょう。それも、全て、彼の意向というものの反映であるように感じます。王仁様は今はこの日本という国の男神のおります「龍宮界」に昔からおいででありますが、最近の三次元に御心を残して、というと語弊がありましょう、「気」にかけていらっしゃいますのは、「大本」でありますね、良い方向にいっているとおっしゃっております。

常に西洋、であるとか、東洋であるとかの隔たりですか、彼自信がその両方をお持ちでいらっしゃいますから、外国人が、研修に来られたり、色々な精神世界にオープンな御気持ちなのでありますね、まあ、唯一「気がかり」であり、御力を今もなお御与え続けております。

と、いいますより、そうおっしゃっておられます。私は全く現世にあります「大本」とは関係はございませんが、「龍宮界」での王仁様とはとても永い御付き合いでありますので、彼とはたびたび御話しをしておりますので、そのまま御伝えしているだけに過ぎませんが、あまり目立った働きは今はございませんでしょうが、出口王仁三郎様は今だ「気」にしていらっしゃるのが、残した「大本」、それは、三次元に残した「子供」のような感じなのであるという事でございます。

 いったん、王仁様から御話しをもどしまして、この私達がおります「龍宮界」の御話しにそろそろ戻りませんと、いったいどのような話がすすんでいたのか分からなくなってしまいましたね。

龍宮逸話

さあ、皆さんも色々と御考え頂いた事でございましょう。だいたい、何となくこの日本といいますのが、原型ですね、これが出来上がったのが五億四千万年位前でありましょう。

この日本がまだ大陸と繋がっていた頃でありますね、つまりこの頃といいますのは原型が出来上がったという頃という事になりますね、原型は出来上がりましたが、まだ、大陸とは繋がっております。それが、二千万年から一千万年位前になりまして、初めてこの島国の本当の原型というものが出来上がりました、まだ日本海と呼ばれております辺りはまだ、湖のような形としてございましたから、この頃もまだ大陸と繋がっておりましたね、そして、完全な形として、つまり大陸から離れましたのが、だいたい一万二千年前という事でございますね。

が、この時代の地殻変動というものはかなり緩やかになったとはいえ引き続いておりましたから、だいたい一万年位前という事で宜しいかと思います。そして、この三次元の島国としての現在の「日本」ですね、この上空と申しますか、この三次元の島の回りにと申しますか、何と申しましょうか、霊域ですね、四次元以降の世界でありますがこれが出来始めたのです。「龍宮界」といいます世界は地球上では一番最初に出来た「霊域」とでも申しましょうか、つまり動物や、私達人間の魂修行の場として、この星、地球もある訳なのでございますが、その皆さんの御魂修行の場所を整えるという仕事ですか、役割ですか、こういうものがございますので、一番最初に霊域として存在するという事であります。

 今は、日本のこの「龍宮界」という霊域について御話ししている訳ですので、限られた時間ということで今の貴方達に分かり易く御話しているつもりでありますが、世界中の「龍宮界」という霊域の起源については今は簡単に、その起源はこの地球という星ができた頃とだけ言っておきましょう。

 さて、大きすぎる御話はだんだんとして参りませんと、皆さん困惑してしまいますでしょうから、日本の私達の「龍宮界」という「霊域」の御話に戻りませんと、それこそ、王仁様に叱られてしまいますね。

ですから、まあ今から一万年位前にこの国に独立した龍宮界とまではいきませんが、後の「龍宮界」といいます「霊域」という空間でありましょうか、「霊域」と申しましょうか、こちらの方が何故かしっくりときますね、そういう「場」というものが出来たのでございます。が、それはそれ、皆さんも御存知の事でございましょう、その当時の日本というもの、勿論「国」として存在しておりませんし、はたして、このころどのような人ですか、なんですか、居たのかどうか、と御思いでありましょう。 

この頃には、大きな地殻変動というものが何百年にわたって起きておりましたから、「海」ですか、「水」ですか、その際ですね、こういった所に住んでいた人達、大陸からしますと、本当に端ですか、隅ですか、「水」「海」の際に住んでいた人達がおりました。この際、隅に住んでいましたのが、今の日本人の御先祖様でしょうか、肉体の御先祖という事になりましょう。ですから、この頃今から一万年前ですか、その頃には私達の肉体先祖は様々な困難を逃れ、この島国に生き残る、といいましょうか、生きていた、という事であります。

 さて、こういった、何となく考古学的な事にも詳しくもございませんし、早く本題に戻ろうと思うのでありますが、今現在、西暦2008年に御話しを進めていくのでありますから、これもいた仕方無い事と思って頂きたいと思います。王仁様もこういった事に関しては、彼の生きていた時代との大きな違いに驚嘆はいたしておりまして、彼の御言葉を申しますと「今の貴女が居る三次元とは、私のいた、たった百年の違いでも、大変キウな時代、多くは人心の御魂が大変な混乱となってこれから先が思いやられる、三千世界梅の花、龍宮界の実花開く」とおっしゃって頂きました。

 この御方、王仁様は男神のおります「龍宮界」に住まれております事は以前に御話しした通りでございます、が、そうではないだろう、と言ってくる御方もいるで在ろうとも私におっしゃいました。が、心強い御言葉も頂いております。「して、三千世界とは、何処であるのか」、「して、その世界は何と申すか」、「私が残したものに既に残しておる。」とおっしゃって頂きました。 

あちらに残る玉依にいたしましても、今三次元にいる私にいたしましても、あちらに居られます、今はまだ御名前は申しませんが、三次元に降りました王仁様とはとても古い遥かに古い御付き合いと申しますと何とも御軽い感じになってしまいますが、三次元での私の表現の未熟さなのですね、今はこの表現で我慢して頂く以外にみつからないのであります。「永い御付き合いの御方」であるという事でございます

龍宮逸話

出口王仁三郎、この御方は皆さん御存知の方は御存知であると思いますが、「大本教」を支え創った御方でございます。その破天荒な生き様、それは遥かいにしえであったら、荒ぶる神とでも申しましょうか、「竜神」そのものといったものでございました。この御方の御魂、本体(本霊)はもちろん、われらが、「龍宮界」の男神の世界でございます。そして、近年の下生も本霊の半分程の下生でありまして、その本体、御本霊といいますのは本当に古いのでございます。

 とても古いと申しましても、皆さん恐らくどの位古いのかは分かりませんでしょうが、それは、日本という島が、中国大陸からですね、ここから離れて島国となった頃という事なのであります。つまり、今現在の日本と呼ばれております島国というものがある程度定まったころには「龍宮界」というもの、これも深く御話ししませんと理解する事が難しい事であると思いますが、この今私達が住んでおります日本という国が、三次元的な姿を現した頃から「龍宮界」というもの、日本の「龍宮界」というものが存在するようになった、という当初からおいでになる御方の御一人であると申しましょうか、こと、「龍宮界」の男神の世界にはこの当初からおいでになられる御方でございます。さて、では三次元的に申しますと時間的にはどの位前かと申しますと、どの位前になりましょうか、皆さんはどの位前と思われますでしょうか、ほんの少し御考え頂きましょう。

龍宮逸話

目の前に座っておりますお方の全ての事が滝のように私に降って参りまして、私はきっとびっくり驚嘆の面持ちに一人なっているのでしょう、あちらの玉依が又、ちらっとこちらを観まして、何かこう微笑んでおります。先程、私が麗や凛に対して思わず笑ってしまいます、といった感じで、きっと玉依は私のことをおもしろい、といった感じなのでありましょうね。

勿論、悪気などといったものではなくて、不思議な事であると毎回思って私を観ているのは私にも分かります。が、何と恥ずかしい気分になってしまいますのは、三次元に肉体を持っている弱みでもありましょうか、何となく三次元で多少の「霊能力」ですか、こんなもので分かったように生活している御方は沢山おりますし、私の場合はそれで生計をたててもいませんのに、又、そういった「能力」というのは「龍宮界」からのものでありますから、恥ずかしいという気持ちにならなくても良い筈なのです。

が、ところが、そういった気持ちになってしまいますのは、やはり私は今三次元で生きているからなのでありましょう。随分と、人間のニオイを身につけておりますのでしょう。あちらの玉依に協力して頂いているとはいえ、人間の感情、人間のあさましさ、喜怒哀楽、自分が大切、等様々なものを身につけている事が「恥ずかしい」という気にさせるのでしょうね。

あちらの玉依は私の半分の存在なのに、なんと違ってしまっているのでしょうか、私である筈なのに、あまりにも尊いお方であるのは、私が三次元で身に纏った鎧の重さなのでしょう。改めて三次元という世界の厳しさを実感するのでございます。

さて、私の事はいつもこの様な感じになるという事でいったん御話しをもとに戻しませんと又何を言っているのか分からなくなってしまいますね。いつもあちらでは、近年日本に下りました出口王仁様からいわれているのでございます。この御方は私とはとても長いお付き合いでありまして、もちろん、「龍宮界」の男神の住まわれる霊域におりますが、この事は又改めて御話しいたしませんとまた、怒られてしまいますね。

が、寄り道ばかりしてしまいますのは女性霊の常でございます。ここで出口王仁三郎様の名前が出てきました以上、少しばかりは、この御方と「龍宮界」の関係も御書きいたしませんと、読んでおられる御方のほうが何か消化不良になってしまいますでしょうし、「知りたい」と思うと思うのです。

ですから、寄り道というのとは少しばかり違うと思いますし、何しろ王仁さんが、「自分の事を話すのであれば、それはそれ、大いにしてもらって一向差し支えない。むしろないで先にどう話しを続けるのであるか」と、こういったアドバイスも頂きましたので御話しいたしましょう。

龍宮逸話

私は静かに、あちらの「玉依」の隣に座りました。あちらの玉依も御話し中でありまりましたから、ちらっとこちらを観ましたが、来客の御方と御話しを続けておりました。

前に座っている御方は、そうですねおそらく日本の国で云いますと明治の初期でありましょうか、江戸の時代の着物といいますか、そう派手ではありませんが、何か新しい感覚の御着物をめしていらっしゃいました。髪は私はよく分かりませんが銀杏返しでしょうか、結っておりまして、何かこう「粋」な感じの御方でありました。

御顔は面長、年の頃は三十位に思いました、何しろ途中から同席致しましたので、最初にそう感じたという事でございます。

さて、その後は、どのような御話しをしているのか、あちらの玉依と来客であるその細面の御方の会話を静かに聞いておりました。

つまりは、この御方は肉体の私、三次元に今こうして書いている三次元の時間でいいますと百五十年くらい前に現世にいた御方ということのようです。

はじめは三次元的な感覚のもと御二人の(勿論、一人は私の半分の存在の玉依姫)御話しを聞いている、といった感じている訳でありますが、対座している御方というのが、今から百五十年位前に現世のこの日本に肉体をもって存在していたと云う事が、直接的に分かってしまうのでございます。

真に不思議な事なのですが、あちら(龍宮界)におりますと、三次元にあります「霊能力」でありますとか、「霊感」というものの感覚と言いますのは、まるで「天と地」程の差があるようでございます。

もっとずっと直接的と申しますか、例えば先程の対座している御方の人生というものが、一瞬に分かってしまいます。どう説明いたしましょうか、あちらには「時間」というものがありませんから、一瞬という長さについても説明不足になる感じでありますが、あえて「時間」というものを考慮いたしますと、古い表現では「走馬燈」また今現在にあわせますと「テレビ画面」とでもいいますか、それをとても早送りして観ている戸申しますか、そしてその内容の全てを把握していると申しますか、あらすじ以上の「人生の物語」全てを分かってしまう、いいいましょうか、

つまり、目の前に座している御方の生まれてから死ぬまでの、数十年かの人生そのもの、又感情そのもの、あるいは特にその人生についてまわった生まれるのに至った理由までもが、まるで滝のように降ってくるといった感じとも云いますか、本当に直接そのまま私に伝わってくるのであります。

龍宮逸話

さて、こういった具合で初めていつもの感じを御互いの間に取り戻したところで、私も広い玄関からそそくさと奥にあります私の部屋へ参ります。

こんな事が今までに何度有ったことでありましょうか、肉体を持っております私が帰る度にこのような感じになってしまいます。

が、これも仕方のない事なのでございます。つまりは、私がこの様な形で三次元に参りました事も未だかつてありませんので、彼女達乙姫達も良く理解できていないという事があるのです。

私は、と言いますか「龍宮界」におります私というのはどう説明致しましょうか、そのままの姿、これも表現が難しいのでありますが、居る訳であります。そして、その半分の御霊を持って三次元に肉体を持っておりますのが現世肉体の私という事なのでありますが、この辺のところが皆さんも同じようにどう理解したらよいか分からなくなってしまいますでしょう。

麗や凛はその辺りのところが一度も三次元にうまれていないという事も手伝ってさらに適当な事として理解が出来ていないと云えるかもしれません。

ただ、最後には、御霊が「玉依」である事が分かりますから、彼女達は御霊本来を観ますから、私を私と認めるのです。三次元現世に肉体を持っている何やら怪しい気、ニオイですか、それを感じるので、多少の混乱を毎回してしまうのですね。まあ、警戒心というものでございますね。そういう事であります。

さあ、玄関の両脇に置かれている狛犬ならぬ龍の阿吽は大きく呼吸でもしているかのように生き生きと美しい金色に輝いておりました。さらにその中央には、きっと誰かに頂いたのでしょう、大きな紅葉の赤々とした葉と、これまた大きな銀杏の黄色の葉が、まるで秋紅葉の頃の小さな山のように置かれております。

きっと何か山岳系の御方か、こういった御土産を持ってきてくださる山伏の御方が参られたのに違いありません。だいたいにおいて、こういった御花でないもので、それでいて風流と申しますか素朴な美を御持ち御方は決まっております。

そういえば、現世での季節もそろそろ夏も終わる頃の事でありました。奥の私のところに来客があるという、私の部屋の前まで例によって、表現は未熟でありますが、本当に滑るようにやって参りました。

来客中といえども私の半分の御霊がおりますから、何と申しましょうか静かに戸を開けまして静かにもう半分のと云いますか、あちらの「玉依」の隣に座ってこの時の訪問者と挨拶と相成りました。

龍宮逸話

さて、こういった具合で初めていつもの感じを御互いの間に取り戻したところで、私も広い玄関からそそくさと奥にあります私の部屋へ参ります。

こんな事が今までに何度有ったことでありましょうか、肉体を持っております私が帰る度にこのような感じになってしまいます。

が、これも仕方のない事なのでございます。つまりは、私がこの様な形で三次元に参りました事も未だかつてありませんので、彼女達乙姫達も良く理解できていないという事があるのです。

私は、と言いますか「龍宮界」におやります私というのはどう説明致しましょうか、そのままの姿、これも表現が難しいのでありますが、居る訳であります。そして、その半分の御霊を持って三次元に肉体を持っておりますのが現世肉体の私という事なのでありますが、この辺のところが皆さんも同じようにどう理解したらよいか分からなくなってしまいますでしょう。

麗や凛はその辺りのところが一度も三次元にうまれていないという事も手伝ってさらに適当な事として理解が出来ていないと云えるかもしれません。

ただ、最後には、御霊が「玉依」である事が分かりますから、彼女達は御霊本来を観ますから、私を私と認めるのです。三次元現世に肉体を持っている何やら怪しい気、ニオイですか、それを感じるので、多少の混乱を毎回してしまうのですね。まあ、警戒心というものでございますね。そういう事であります。

さあ、玄関の両脇に置かれている狛犬ならぬ龍の阿吽は大きく呼吸でもしているかのように生き生きと美しい金色に輝いておりました。さらにその中央には、きっと誰かに頂いたのでしょう、大きな紅葉の赤々とした葉と、これまた大きな銀杏の黄色の葉が、まるで秋紅葉の頃の小さな山のように置かれております。

きっと何か山岳系の御方か、こういった御土産を持ってきてくださる山伏の御方が参られたのに違いありません。だいたいにおいて、こういった御花でないもので、それでいて風流と申しますか素朴な美を御持ち御方は決まっております。

そういえば、現世での季節もそろそろ夏も終わる頃の事でありました。奥の私のところに来客があるという、私の部屋の前まで例によって、表現は未熟でありますが、本当に滑るようにやって参りました。

来客中といえども私の半分の御霊がおりますから、何と申しましょうか静かに戸を開けまして静かにもう半分のと云いますか、あちらの「玉依」の隣に座ってこの時の訪問者と挨拶と相成りました。

2011年2月 9日 (水)

龍宮逸話

その麗が久しぶりに私が帰りまして、なにやら凛を読んであわただしく奥の方へ言ったかと思いますと、

「今、玉依姫様のところは来客中でありますが、貴女様も玉依姫様でありますし、どうしたら宜しいのでありますか。」

と少しばかり慌てている感じは人間界の娘に近い感じがしましたので、思わず笑ってしまいました。

「では、私にとっての来客ということでありますから、肉体を現世に残しておりますが、私も同席しても何の問題はないはずなのですが、さあ、麗どういたしましょう、凛はどう思いますか?」

と申しましたら本当に可愛いのですね、何やら二人で話しているのです。

「奥の玉依姫に聞いて参りますか?」と言いますと二人共何となく顔を赤らめて、改めて「お帰りなさいませ」と申します。このように人間界でありましたら、融通とか、気が利かないとか、愛想がないとかの感じを受けてしまいますでしょう。

ところが不思議な事にこの娘たちからはそんな感じを受けないのであります。人間界でも物腰というものがございます。例えば物を置く時にでも荒っぽくドサンと置く人がおりますね。乱暴な人がおりますが、そういう事とは無縁でありますから嫌な感じを受けないのですね。

他の人の心を汚す、苛立たせるという「波長」をもっておりませんから、私も不思議だと思うのです。

三次元で肉体と共におりますし、麗や凛の存在というのはどんな感じかと色々観察するのですが、言葉で書きましたら愛想というものはないかもしれませんが、汚れていないのですね。

例えば御茶をだす一つとってもあんなに繊細に出せる人をこの三次元では観たことがございません。

龍宮逸話

この色白の麗という娘は、以前「小桜姫物語」で小桜を御出迎えた娘でございます。凛のほうは新しい訪問者を御出迎えする事にあまり慣れておりませんので、二人で出迎える事はございますが、凛一人で出迎えるということは御相手にもよりますがまだあまりございません。

麗のほうは、永くそういった事をして人霊にも慣れてきておりますから手慣れたものでございます。まあ、凛も麗について色々と勉強している最中といったところでございましょうか。

「お帰りなさいませ」と感情があるのかないのか、三次元に一度でも生まれたことのある御方でしたら、さては困ったことに愛想というようなものをこの麗からは感じられないと思います。

困った事に何ですか、三次元に一度も生まれておりませんから、人間の世界での微妙な感情というものは理解出来ないのですね。つまり心情は分かりますが人情というものが今一つ分からない。駆け引きだとか、自分を良く思われたいといったようなものはわからないのです。

もっと自然と申しますか、他の方に悪い感情を持っていないのと同時に、人間にありがちな自分を他の方に良く思ってもらいたい、というような面倒な感情が無いといっていいかもしれません。また、究極の御霊のまま存在していると申してもよいかと思います。御霊は丸く純真潔白といえましょうか。

龍宮逸話

他に目にしたもの、私個人が思い出深いものもたくさんございますが、とりあえず先に進みませんと例により寄り道ばかり多くなってしまい、また女性霊特有の何が言いたいのか良く分からなくなってしまいますでしょうから話を進めましょう。

目の前には館の玄関がございます。私が言いますのもどうかと思いますが、鮮やかな赤と言うのではなく何とも落ち着きがあると申しますか、品の感じられる朱塗りで所々に金粉のちりばめられたどうどうとした玄関を入りますと、

―その玄関といいますのもどの位でしょうか、かなり広い、玄関の屋根と言いますのは鳥居のような形状と申しますか、何でございましょう、よく「御殿」とよばれておりますような、日本式というよりは曲線的で、そうですね、日本でありましたら飛鳥、奈良、平安にかかるような中国式と申しましょうか、そのような感じでございます。―

懐かしい、可愛らしい少女が出迎えてくれるのでございます。

ここにきて初めて私は帰ってきたのだ、と実感するのでございます。それは、本当にそうなってしまうからであります。

それはいつもと変わらぬ会話から始まります。

「ただ今もどりました。」と私が言いますと、その少女は普段と何の変わりもなく、これといって大変感激というものも伴わず

「御帰りさないませ。」と言いますので、こちらも自然といつもどおりと変わらぬ感じになってしまうのでございましょう。

この娘は、一度も三次元にはでていない娘で、永い年月この「龍宮界」で育ちましたので、私の娘のような存在とでも申しましょうか、この娘の他にも何人もこのように三次元に生まれていない娘もたくさんおりますが、

この娘は「麗」といい、もう一人の娘「凛」とともに私の館では一番古い方の御霊でありまして、主に来客などの対応をしております。

「麗」は色白でいつも赤い中国風の着物を好んで着ております。そうですね、人間でいいますとどの位に観えますでしょうか、十三くらいでしょうか、「凛」は色白ではありませんが、淡い桃色の似合う十一、十二といった子供でありますね。そのような感じでありましょう。

が、人間の子供とは印象が多きく違いますのは古い御霊ゆえ何か、見透かされているような感じを受けるのではないでしょうか。

ですから、人によっては、「麗」も「凛」も十七、八くらいと思われる御方もおりますし、その印象は様々なようでございます。

2011年2月 8日 (火)

節分を過ぎて

節分を過ぎ、正式に平成二十三年が始まっておりますが、今年からはあらゆる拘り、余分なものをどんどんと切り離していくそうした時期になって参ります。これまでは魚座の時代の価値基準に基づいて御霊の生長をはかって参りましたけれども、これからは水瓶座、アクエリアスの価値基準に合わせていかなくてはならない時期にきております。

この水瓶座というのは、愛と慈悲、神の一部であるという自覚からはじまる自由と個性、そして創造、さらに科学と高い精神性との融合そうした時代風景が水瓶座の時代でございます。この意識にチャンネルを合わせていく方々はこれからの時代は新たな地球を創造していく担い手となっていくと思います。

旧来の舟に乗っている人たちは、荒れた海をいつ転覆するやもしれないなかを航行していくような不安と絶望の入り交じったそうした時期を経験していくかもしれません。
一方、新たな舟に乗る人たちは、その軽やかさからちょうど宇宙船に乗っているように眼下に荒波を眺めているようなそんな感じでしょうか。

私たちはもうそろそろ危なっかしい古い舟から降り、新たな舟に乗り換えてゆかなくてはなりません。
150年ほど前から始まりました天上界の地球系霊団あげてのスピリチュアル運動はこの新たな水瓶座の時代のために照準をあわせてきたものなのです。そしてこの大和の地から世界に向けてその精神性を発信していく、そういう計画が入念に練られて参りました。

霊天上界から矢継ぎ早に降り注がれております高級神霊の御言葉というものは、一宗教、一宗派を超えて、宗教という枠組みを取り外した地球規模の霊的覚醒運動なのです。けれどもたとえその霊言なりをお読みになりましても、どうしてもまだこの世的な価値観から抜け出せない人たちも多くおられます。自分は何次元の存在なのか、どこの霊域出身なのか、表側だろうか、それとも裏側なのだろうか、そういうことで一喜一憂している人たち、
また、どんなに霊的な世界を知っても、いろんな霊的知識を集めないと気がすまない人たちもおられます。そしていろいろと分析してああでもないこうでもないと思索に凝っておられる人もいます。すべては現在の価値判断から抜け切れていないところから生まれる苦しみでございます。

天上界の高級神霊の御言葉というのは、一局部にとらわれ、自己というものにあまりにも引っかかりすぎてしまいますといくら神理を学んでおりましても愛というものから、はるかはるかに離れていってしまうものなのです。
愛から離れた神理は神理にあらず、なのです。神理を知るためには「全機」を観ることが必要です。自己というものを振り返る時には、「個にして全、全にして個」という把握が必要なのです。それを把握するために反省あり、瞑想あり、祈りありきなのです。

お一人おひとりは神から別れてきた尊い存在です。そしてその神を表現してみせるために、私たち一人ひとりが、
「今ここに」いるのです。神(愛のエネルギー)から離れたご自身というのはありえないのです。
アクエリアスの時代に波長を合わせていくためには、私たちをこれまで縛り付けてきたいろいろなしがらみから自由にならなければなりません。拘りを取り去り、あらゆる執着から自由にならなければなりません。そしてご自分を他者を許していくことがとても重要な鍵になって参ります。

そしてこの水瓶座の時代にとってもうひとつ重要なものが「創造性」であります。今時間があっという間に過ぎていく感覚はどなたもお持ちではないでしょうか。時間が加速しているとも言われておりますけれども、この創造の原理においても、原因と結果までの時間が早まっていくように感じます。不安や恐怖、恐れというものを持ち続けておりましても、それは結果としてすぐに現象化してくるようになります。逆に未来への希望、愛と慈悲に溢れた美しき愛の星、地球というものに意識的であった人たちのまわりには光り輝く現象が起きて参ります。このように一時期二極化する時期があるかもしれませんけれども、やがて一元化していく時期の到来があるものと思います。

が、しかし浄化も起きて参りますが、すべては新たな時代のための整理でもあり、それに心動揺することなく、
次の時代のために意識をリニューアルしていくことが大切でございます。

今年からは本格的に「地球人」としての自覚を持ち、意識の上では国境を越えてゆきましょう。そして許しましょう、
人をも自分をも。そうした寛容さを持ってまた一年を頑張って参りましょう。

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

           出雲

2011年2月 7日 (月)

龍宮逸話

すると次に目をひきますのは何と申しましても、遠くにそびえております懐かしいあの「龍宮城」でございます。大鳥居からどの位先でありましょうか、ここに参りますと三次元での感覚といいますのが良くわからなくなってしまうのでございます。

私は三次元に今現在肉体を持って生活をしておりますから、なおさらこの世界の奥行きと申しますか、その様なものがあまりに違いますのでそれをどのように皆様に御伝えできますか多少の不安も感じてしまいます。

どの位でありましょう、はるかに「龍宮城」が観え足元には宝石の砂、はじめは何となく足を使い歩いている感覚なのでありますが、しばらくいたしますともうこれは、歩くというよりは、砂の上をスルスルと滑っているような具合なのでございましょう。いつの間にかもう目の前に懐かしい館があるのでございます。

途中、様々な思い出深い松の木や大銀杏の木もございます。また大鳥居から左手にはとても静かにひいては寄せる波がまるで音を楽しむように永遠の調べを奏でております。私や、また他の訪れる人のその時の心持ちにおそらく一番の調律を調べてくれているのでございましょう。

「龍宮城」に着く頃にはもう帰ってきた「嬉しさ」の他にどんな言葉も思い出せないと申しましょうか、その様な心持ちになってしまっておるのでございます。

      

龍宮逸話

私はいつもの様にこの大きな大鳥居の前にたって、又いつもの様に深く考えこんだりしております。

この大鳥居といいますのは、形が変わっておりまして、と申しますか、日本式と云いますより中国式と申しますか、直線的というのではなくて曲線的と申し上げた方が宜しいのでありましょうか、ちょうど弓の弧をひくように上に向かって半円を描いておりますような、又御足の方はやはり直線ではなく、「八」の漢字に似ておりましょうか、現世の日本の鳥居といいますのとは少しばかり違います。

が、考え込んでしまいますのは、男神が居ります世界の大鳥居といいますのは非常に現世の鳥居と良く似ております。

とても直線的で又無駄のない形状をしております。

その事につきましては今深く御話いたしましても恐らく何の意味も持ちませんでしょう。

私がいつものように先程の曲線的な朱色の赤々と何とも上品な大鳥居のところに着きますと、いつも思わず上を見上げてしまいます。

大鳥居はとても尋常ではないかと思われる程の大きさ迫力というものがございます。が、その背景というものの素晴らしさであります。

それは紺碧、とても深い青、決して水色ではございません。が、何と明るいのでありましょうか、限りなく深海の青なのかも知れません。又上空一万メートル位の空の色といえるかもしれません。

いつも大鳥居の赤い色を目の前に見ながら、そのさらに広がる明るい明るい潔癖な位気高い、あちらの空にしばらくの間見とれてしまうのでございます。

しばらくしますと、やっと私もこの世界の感覚を思い出しますから、大鳥居をくぐってまいります。

もう、そうなりますと土でしょうか、砂でしょうか、とにかく足元にある白く恐ろしく輝いた真珠や、ダイヤ、水晶、様々な宝石と呼ばれているものにもあまり興味は湧かず、現世的な考え、感覚が急激に無くなってはじめて「龍宮界」の私の本来の場所に帰っていくのでございます。

龍宮逸話

私がこれから御話しいたします事は、ここに御いでの御方であれば容易く御理解いただけるものと思います。

が、こういった御話といいますのは、作り話、小説でありましたら恐らく何の問題にもなりませんじょうが、とにかく世間の冷たい目や厳しい批判の対象となります。

私の御話といいますのは「龍宮物語」で書きました通り、真実の御話でありますが、その題名でもおわかりかと思いますが、「物語」と致しました。

それは私の立場は変わりませんが、では何をもってそれが真実かと問われましても何一つ皆さんが納得できるような解答というものを持ち合わせていないからです。

私の話をむしろ「物語」としてお聞きいただいたほうが良い場合もあるのではないか、と思った訳です。

物語となりますれば、そこには絶対的な強制力もございませんし、この話はあいいれない、と御思いの御方も無傷のまま遠ざかる事もできます。よって、私の最も好きでない一つに「争い」にかける時間もなくなりますし、私は私で私の仕事もやり易くなるというのがもう一つの訳でございましょうか。

真実の物語を沢山残すという事が私の仕事であると同時に今生きている一人の常識人でありたいと切に願う気持ちと申しますか、「欲」といえるかもしれません、そういった私の使命感から書いているとて思って頂けましたら、これにつきる幸運はございません。

そして御読みになります皆様がどのようにとりましても構いません。ただ、こういう世界もあるかもしれない、というような新たな世界観を御持ち頂けるように私はずっと変わらぬ立場で御話して参りたいと思っております。

          

            

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