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2011年2月21日 (月)

龍宮逸話

私は静かに、あちらの「玉依」の隣に座りました。あちらの玉依も御話し中でありまりましたから、ちらっとこちらを観ましたが、来客の御方と御話しを続けておりました。

前に座っている御方は、そうですねおそらく日本の国で云いますと明治の初期でありましょうか、江戸の時代の着物といいますか、そう派手ではありませんが、何か新しい感覚の御着物をめしていらっしゃいました。髪は私はよく分かりませんが銀杏返しでしょうか、結っておりまして、何かこう「粋」な感じの御方でありました。

御顔は面長、年の頃は三十位に思いました、何しろ途中から同席致しましたので、最初にそう感じたという事でございます。

さて、その後は、どのような御話しをしているのか、あちらの玉依と来客であるその細面の御方の会話を静かに聞いておりました。

つまりは、この御方は肉体の私、三次元に今こうして書いている三次元の時間でいいますと百五十年くらい前に現世にいた御方ということのようです。

はじめは三次元的な感覚のもと御二人の(勿論、一人は私の半分の存在の玉依姫)御話しを聞いている、といった感じている訳でありますが、対座している御方というのが、今から百五十年位前に現世のこの日本に肉体をもって存在していたと云う事が、直接的に分かってしまうのでございます。

真に不思議な事なのですが、あちら(龍宮界)におりますと、三次元にあります「霊能力」でありますとか、「霊感」というものの感覚と言いますのは、まるで「天と地」程の差があるようでございます。

もっとずっと直接的と申しますか、例えば先程の対座している御方の人生というものが、一瞬に分かってしまいます。どう説明いたしましょうか、あちらには「時間」というものがありませんから、一瞬という長さについても説明不足になる感じでありますが、あえて「時間」というものを考慮いたしますと、古い表現では「走馬燈」また今現在にあわせますと「テレビ画面」とでもいいますか、それをとても早送りして観ている戸申しますか、そしてその内容の全てを把握していると申しますか、あらすじ以上の「人生の物語」全てを分かってしまう、いいいましょうか、

つまり、目の前に座している御方の生まれてから死ぬまでの、数十年かの人生そのもの、又感情そのもの、あるいは特にその人生についてまわった生まれるのに至った理由までもが、まるで滝のように降ってくるといった感じとも云いますか、本当に直接そのまま私に伝わってくるのであります。

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