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2011年3月10日 (木)

恋愛論

恋というのは子が親を慕う如き、または夫婦が互いに慕い合う如き情動をいうのであって、愛とは親が子を愛するが如き、人類が互いに相愛するが如き、情動の謂いである。信者が神を愛するという事は無い。神様を恋い慕うのである。神様の方からは、これを愛したまうのである。ゆえに信仰は恋愛の心というのである。

恋愛となると全く違う。善悪、正邪、美醜などを超越しての絶対境である。お互いが全くの無条件で恋し合い、愛し合うので、義理も人情も、利害得失も何もかも忘れ果てた境地である。だから恋愛は神聖であるといい得るのである。

今の若い人達が、顔が美しいとか技量が優秀であるとかいう条件の許に惚れ合うておいて、神聖なる恋愛だなどというのは、恋愛を冒涜するものである。…

真の恋愛には美もなく、醜もなく、年齢もなく、利害得失もなく、世間体もなく、義理もなく、人情もなく、道徳もなく、善もなく、悪もなく、親もなく子もない、全く天消地減の境地である。

人として真の恋愛を味わい得るものが、果たして幾人あるであろうか。

         出口王仁三郎    「水鏡」

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