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2012年11月

2012年11月29日 (木)

王仁三郎 語録

朝日は照るとも曇るとも   月はみつともかくるとも

たとえ大地は沈むとも    曲津の神は荒ぶるとも

誠の神は世を救う

三千世界の梅の花      一度に開く神の教(のり)

開いて散りて実を結ぶ    月日と土の恩を知れ

この世を救う生神は     高天原に神集う

神が表に現れて       善と悪とを立別ける

この世を造りし神直日    心も広き大直日

ただ何事も人の世は    直日に見直せ聞き直せ

身の過ちは宣り直せ

          出口 王仁三郎

人々の心根の二極化が始まってます。常に自らを振り返ることの出来る人、過ちを省みることの出来る人、見栄や体裁に引きずられプライドの捨てられない人、今後はますますはっきりとしてくるでしょう。口でいくら良いことを言い、文章やネットでまことしやかなことを言い、霊能詐欺や低級霊媒に振り回されている人、何れはみなさん、あちらの世界に帰ります。その時にはウソも体裁も通用しません。

グローバルアセンションというのはないでしょうけれど、個人個人における御霊のアセンションを起こす人は少なからず出てくるであろう思います。一気にこの三次元を御卒業なさる方々は出るでありましょうが、基本は自分自身の御霊に近づくための地道な精進にあります。

大浄化も近づいて参りました。いつ起こるか具体的なことはまだ玉依姫からもお聞きしておりませんが、真摯に受け止める人たち、あざ笑う人たちいろいろでございましょう。

ノアは数年かけて陸の上でせっせと方舟を造っておりました、人々はそれを観てあざ笑いました。しかし最終的にはノアと一部の人たち、家畜や鳥たちはその方舟により、命を次ぎの時代に繋ぎました。

今後は誰もが信じられない、と思うことが起きる時期に突入致します。

みなさんの中にはあのアトランティスの末期を経験した人たちも多くおられます。この日本にも数多くの御霊があのアトランティスの末期を経験しているのです。御霊にそのトラウマを持っている人たちも多いかもしれません。それほど身の毛のよだつ出来事でした。現代はそのアトランティスの末期に大変酷似しております。

たとえどのようなことがありましょうとも、それは神の怒りではないということだけは知ってくださいますよう。

むしろ神々は人間の主体性をこそ重視されます。人々が選んでいく道であるならそれも受け入れよう、としているのが神々でもございます。

一人でも多くの人が神の側に付き、たとえ愚直と思われようとも真っ直ぐな道、正道を歩んで頂けたらと思います。わたくしもその道を歩み続けます。

            出雲 拝

2012年11月12日 (月)

ご質問

【これからのことに対してどのような心構えで過ごせばよいのですか‥】との問い

ここ数日の間だけとってみましても、世界規模でM6クラスの地震が起きております。七日にはグアテマラでM7.4の地震があましたし、ミャンマーではM6.8の地震があり、その後には再びグアテマラでM6.5の地震がありました。これは地球そのものがもう動き出しているということでもあります。

これを単に海外のこととして観るのは短絡的であります。大陸としては海を隔てて離れておりますが、大陸の下のプレートはすべて繋がったものです。

ですから日本には関係ないと思わないで頂きたいのです。極端に不安に考えたりしないで、どこの場所にいても常に防災意識を持っておくことが大切です。

一番いけないのは東北の地震があったからもう当分大きな地震は来ないだろうとか、地震は来るだろうけれども、数十年先の話しだろうなどと考えるのが一番いけません。この12月から13年、14年の防災意識は非常に大切です。
いつ大きな地震があってもおかしくない、そのようにいろんなことを想定し、シュミレーションしておきながら、平常心を保ちながら過ごしたいものです。

2012年11月 9日 (金)

ご注意日

来週 一週間をご注意くださいますように、ということです。

☆地震はいつ起きるかわかりません。いつも防災意識を持っているのと持たないで無防備でいるのとではその後が全く変わります。

競馬の予想のようなことをしているのではなく、起きないからといってはずれたなどと思わないでください。また起きたからといって、過度の不安を持ち次ぎは何月何日などと限定したことを考えないでください。

来週の様子によって、年内中に大きな地震がくるかどうか、それが判断できるということでここに書き込ませて頂きました。

今月より注意する日が出てきましたら、起きる、起きないにかかわらず、お知らせ致したいと思います。

2012年11月 6日 (火)

ご質問

【愛と情の違いを細かく考えるとわからなくなることがあるのですが、どちらを優先すべきなのですか‥】との問いについて

あまり複雑に細かいところのみに引っかからないで頂きたいと思います。物事は何でも断片ではなく「全体」が見えるということがとても大切だからです。

このご質問は卑近な例をあげるのがよいのではないかと思います。私の家のご近所にはちょうど同じ年のお年寄りと同居なさっている娘さんがいらっしゃるご世帯が二軒あります。これがどちらも愉快なご家族でいつも笑わせて頂いているのですが、一つのところのおばあちゃんは娘さん(と言ってももう還暦を超えられているのですが)とても優しく母親思いでご近所でもああいう娘さんと同居出来て羨ましいと言われています。ほんとうに何から何まで世話を焼いて実の母親に過保護というコトバは適切ではありませんが、もうおばあちゃんは何もしなくてもいいというご家族です。

もう一方のおばあちゃんは、これは私の顔を見るたびに、娘さんの愚痴を聞かされます。そのおばあちゃんの娘さんともよくお話をするのですが、とてもひょうきんな方です。「死ぬまで親不孝したるがな‥」といつも冗談を言っておられます。ここのご家庭は出来ることは全部おばあちゃんにしてもらうそうです。
ご自宅におじゃましに行った時にわかったのですが、ここの娘さんは、人の見えないところにはとても配慮されていました。台所のキッチンはおばあちゃんの背丈に合わせて作り直してありますし、お布団も上げ下ろしのしやすい、とても軽い羽毛でできた最上級のものでした。お風呂場もおばあちゃんの安全を考えた配慮がされておりました。おばあちゃんのために相当お金をかけているなぁ、と思いましたし、何よりも細かい部分を常に注意深く観ている方だと思いました。
ここのおばあちゃんの愚痴というのは、娘さんがおばあちゃんの必要なものをおばあちゃんが背伸びしてとれる高さにしまっている、ということでした。そしてたまに、とってちょうだい、と言っても自分で頑張ってとれ!!と言うそうです。娘さんはと言うと骨が弱くならないよう背筋を伸ばす運動をさせているのだそうです。

そういう二つのご家庭があるのですが、あれから月日が流れてみますと、娘さんが何もかもしてくれるところのおばあちゃんは痴呆が入ってきてここ最近は家庭でみるのが大変になって、ご家族との話し合いで施設を検討しているとのことです。もう一つのご家庭のおばあちゃんは90を少し過ぎても未だに頭がシャープだし、自立した生活を送られているのです。

ここでわかることは愛というのは「生かす」という目的があるものであり、愛情というのは人間生活によって育まれる潤滑油のようなものであるということです。よく言われることは情に振り回されず、愛になれ、と言われます。これは結論的には正しいことであります。実際にあちらの高級霊の方々は肉体がありませんし、もう何千年もあちらの世界にいらっしゃる方々は人間的な情の部分はなく、愛そのものになっております。

これは私の個人的な見解でありますが、私は三次元に肉体を持っておりますし、まだまだ修行過程でありますから、愛そのものになりきる、ということは未だ出来ていないのであります。ですので現時点での私の見解としてはちょうど、愛と愛情のバランスが大事なのではないかと思っております。やはり人間としての温かさも大切ですし、相手を生かすということも大切です。このバランスをとることそれが現時点で大切だと考えております。

ただ、注意点がございます。それは情にあまりにも引っかかる場合、それは人から冷たい人だと思われたくないとか、人の目ばかりを気にするようになりますと、そこには自己保身があります。これは無意識にしている場合がありますね。
その時の点検は苦しさがあるかどうかです。そこにしんどさがもしあるのなら、ひょっとしたら、それは人のためではなく自分の保身のためにしているのではないか、そういうことを点検してみる必要はあります。

このブログでも以前書いたことがございますが、出口王仁三郎師はこのように仰っております。

『誠の信仰は、人の目より見て不信仰に似たり。

不信仰は信仰に似たるものなり。

誠の親孝行は、人の目より見て不孝に見ゆることあり。

不孝はかえって孝行に見ゆることあり。

誠の親切は、人の目より見れば不親切に似たり。不親切はかえって親切なるごとく見ゆることあり。

真の善なる行状は、人の目より見て悪のごとく見ゆるものなり。悪はかえって善なるごとく見ゆるものなり。

真に智慧あるものは、人の目より見て愚かなるごとく見ゆるものなり。愚かなる人はかえって智慧あるごとく見ゆるものなり。』

この御言葉は考えれば考えるほど奥の深いコトバでございます。

           出雲 拝

歴史は繰り返すのか…

久しぶりの更新となります。この間、様々な方々へのご質問をメールにてお送りさせて頂いておりましたけれども、大変な求道心のおありになる方や今後の天変地異に関心を寄せる方、どう生きれば良いかわからなくなっている方、恋愛問題や経済問題、対人関係等、いろんな諸問題を抱えておられる方々からご質問を頂いておりました。

しかし、基本は私達はこの三次元の現世に肉体を持っておりますが、それぞれに帰るべき御霊の故郷があるということです。すなわちこの世を去った後に帰るべき世界、お一人お一人の桃源郷と呼べる世界があるということです。御霊の故郷がみなさんにはあるということ、これを心底から信じることからすべてが始まります。

その桃源郷の世界は皆様お一人おひとりの良心のその奥にしっかりと記憶されていると言ってもよいと思います。

肉体を去っても自分が帰るべき世界があるということを知った上で、さてこの三次元でどのように生きるのか、ということです。そのために過去、高次元の方々が地上に肉体を持ち、いろんな教えと言われるものを残してこられました。近年の代表的な方では高橋信次師、谷口雅春師、出口王仁三郎師がおられます。

こうした方々は個性に応じて三次元的表現方法に違いはあれど、共通しているものがあります。それは森羅万象、大自然にかなった生き方をするということをお教えになられたこと、自分らしく生きることをお教えになられたこと、あちらの天上の世界を三次元に表現しようとされたこと、こうした共通点があります。

教えとは、そんな難しいものではなく大自然に即した生き方であるということです。それは肩に力の入らない生き方であります。中道という表現をされた御方もいらっしゃいます。

ですが、これまでも申し上げて参りましたけれども、一つの教えの細かい部分に凝り固まるとそれによって縛りをつくり苦しみを生む場合がございます。たとえ素晴らしい教えでありましても、その教え主の真意を理解せず、活字だけで自己解釈してしまう場合があるのです。もしそう状況に陥っている方がおられましたら、いったんその教えから離れて自室がおありの方であればひとり自室に退き、静かに自らの良心に聞いてみることです。最初はなかなか出来なくとも、しばらく続けているうちに何となくご自分の感覚として感じられるものがやってきます。人によってはその時にはじめて、その教え主の真意というものがくみ取れる場合もあれば、逆に間違った教え主の教えに対しては違和感を感じる場合もあります。自分の良心に照らし合わせてみるということは非常に大切です。

現代の三次元という世界で、普通に周囲の人たちに合わせて生きておりますと、だんだんと天上界の念いとかけ離れた価値観を形成してしまうのが現代です。社会システムそのものがそのような構造になっているからですね。昨今ではいじめ問題や急増している鬱病、自殺そうしたものが後を絶たない現実社会の中で私達は生活しているわけです。切磋琢磨と称しての競争原理が働き勝ち負けが決まると考えられている世界です。しかも勝ち負けばかりではありませんね、損得原理も相当働いている世界でもあります。

こうした三次元世界の中で正しい価値基準、大宇宙の法則に則した生き方をするというのはある意味ではどこまでも続く坂道を自転車で上っていくようなものに似ているのかもしれません。しかし大抵の方々は知らず知らずのうちに坂を下っているようなものなのかもしれません。下り道は自転車では楽ですね。でもスピードの出過ぎで事故に繋がる危険性が大でもあります。

玉依姫はよく「この現世は地獄に一番近い世界、地獄のてっぺんでもございます。」とよく仰います。実際に、これが当たり前だと思ってその中で生活していることが、元もとの御霊の次元を下げている場合がほとんどであるということです。

私達はこの三次元に出てくる前に、この世界は相当厳しい世界であるけれども、厳しいからこそまた御霊の足腰も鍛えられるのだと、そう思って出てきたにもかかわらず、やはり楽な下り道を選択してしまう人たちが後を絶たないのですね。

玉依姫はその著書(幸せを呼ぶ龍宮物語)の中で、
『素直で純粋な心を持ち続け、真っ直ぐな道を歩む人を、何人もさえぎることはできないのです。』ということを仰っております。
悩みやしんどさがあっても、懸命に坂道をしっかり歩んでいる人と下り坂を楽して歩んでいる人の差はあちらの世界に帰れば歴然といします。

また、龍宮界には教えはないのか、というご質問もよく頂きますが、もともとこの龍宮の三次元での目的は教えるということではございませんが、今までブログでは何度となく申し上げて参りましたけれども、「観る」ということをよく申し上げました。月の満ち欠け、星々の運行、森羅万象の動き、こうした中に神の黙示が隠されているのです。人間知恵で書かれた書物よりも、こうした大自然、宇宙の天地万物をよく「観る」ことによって神の念いを感得することが出来るのだ、とするのが龍宮のお考えであり、玉依姫、出口王仁三郎師の教えてこられていることでございます。人間知で書かれた教えというものは偏りが出来ますが、宇宙、大自然には偏りはなく、神の念いがすべて残らず散りばめられているからです。

それから天変地異についてのご質問もございますが、今年の二月に相当大きな地震が来ることをこのブログにて発信いたしました。三次元世界にはその月には起きなかったわけであります。そのことによって、不信感をあらわにされた方々、怒りを覚えたという方々もおられました。

が、しかしわたくしたちは予知が当たる、当たらないという競馬予想のようなものをしているのではなく、その時々により非常に危険な時期というものがあり、それを玉依姫からお聞きし、お伝えしているわけでございます。今後もこれは続けていくつもりでありますけれども、それをどのように捉えるかは各人にお任せいたします。

何年何月何日に起きないと信じない、という方々は多いでしょう。
かつて、大本を率いてこられた出口王仁三郎師は、太平洋戦争が始まる以前より、日本は次の戦争には負ける、東京、大阪は焼け野原になる。原爆が広島、長崎に落ち人類史上経験したことのない甚大な被害が出る、東条英機は死刑となる、天皇は人間宣言をする、こういう予言を言いました。当時の日本人からしますと、とても信じられないこと、戯言としか受け取らない人たちが多くいました。
日本が負けるなど、天皇が人間宣言するなど天地がひっくり返ってもありえない、と誰もが当時は思っていました。しかし、数年後、予言された通りになりました。こうした予言も時期ズレをしたために大変世の中の批判も浴びましたし、また不敬罪にあたるとして検挙もされました。龍宮界はいつも危機の時にその警告を発することも使命としてあります。

出口王仁三郎師の後に玉依姫が地上に下生するというのは天上の龍宮界からの計画でもございました。出口王仁三郎師から続いてきた神業は玉依姫によって受け継がれるというふうにお考えになられても構いません。

龍宮界という世界は地球環境を整え、人々の心にも潤いを与えるというご使命がございますが、それとは別のご使命もあります。現代の地上では玉依姫という名が残っているためにその名前を使ってもおりますが、今回下生している玉依姫は三千年前に生まれた本体意識でございます。こちらの本体意識の方はいつも文明の最期に出、そしてその文明の最期を見届けてこられました。

この現代文明の直近の文明として皆様方がよくご存知のアトランティスという島国がございました。これは大陸というよりも島国に近かったのですが、このアトランティス文明というのは今の日本の政治構造や社会システムが非常に良く似ているということです。そしてこの文明の末期にも現代と同じように、多くの宗教団体のような一大勢力を誇るものがありました。こうした時期にも今現在、玉依姫と呼ばれる方の本体意識が出て、警告と予言をいたしました。アトランティスは海中に没する、いち早くこの島口を出なければならないと。当時の人々から批判もありました。その警告を信じた人達はほんの一握りでした。その当時も今と同じように、アセンションブームがあり、これからは大変素晴らしい世の中が来る、そう言われていたのです。しかし、玉依姫の本体意識はいや、この文明はこれで終わり、また人々は一から出なおしをしなければならないのだ、とそう言っていたのです。大半のアトランティス人は海中の藻くずとなりました。アトランティス文明の最期で地球史上七度目の前代未聞の出来事が起こりました。そして今回八度目の出来事が起きようとしているわけです。

どうして、こういう不幸とも言える予言をしなければいけないのか、それは龍宮界という世界が天変地異をも司っている世界であるからです。一つの文明を片づけなければならない時、その時に龍宮界は動くのです。

ですが、アトランティスの時もそうですが、いつも推定300万人くらいの方々は御霊のアセンションを果たし、外宇宙へと旅立つことになると玉依姫は仰っておられます。ですから、今回も全世界でそれくらいの数の人たちはアセンションしていくと思われます。

やがて、この日本から残されたわずかな日本人が世界へ散らばり、日本の精神、日本の伝統文化、世界に誇る日本の技術、そうしたものが世界に散らばっていくことが予定されているようです。

日本は世界の雛形であります。この日本に起きたことは世界に拡大して起こります。まず日本から起こるのです。このようなことを言うと当然気違い扱いとなりましょう。批判もございましょう。世の中を不安と恐怖に陥れて楽しいのかと思う人も出るでしょう。低級霊に拐かされていると思う人たちもおりましょう。それはどのようにお思いになられても良いと思います。
信じてくださいとも申しません。それは各自にお任せ致します。

ただ、どうやら天上界はあのアトランティスの時のように自然災害によって、人類に新たな目覚めと文明を与えよう、とご計画されているようであります。

また続きは更新したいと思います。

          出雲 拝

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