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2013年4月17日 (水)

つづき2

過去の世界宗教は、その教え主が中心となる霊域を霊天上界にて創り上げてきましたが、これはあくまで暫定的なものなのです。まだ幼い御霊たちに教えるべきことが沢山あるがゆえに出来てきた霊域でもございます。

時々お話していても、自分はキリスト教系であるとか、仏教系だとか仰られて胸を張って自分は次元が高いとばかりにお話をされる方がおられますが、まだまだ学ぶことが多くあるがゆえにそうした霊域で学んでおられるのですね。(¨;)

そして、こうした霊域がこれから先も未来永劫ずっと続くのかと言えば、そうではございません。一時的と言いますか、そういう霊域なのです。必要な間のみ存続する霊域ですね。ですので少し道が曲がってきたと判断された時にはその世界宗教に協力を申し出ている高次元霊たちにお願いし中興の祖と後々呼ばれる人を地上に送り込んだり、あるいは別の世界宗教では宗教改革を起こしたりして軌道修正してきたのが現実のところです。


ですので本来的にはキリスト教系の御霊だとか、仏教系の御霊だとかというのは本質的にはないのです。

天上界の七次元あたりまで進化した御霊たちはもうそういう霊域というよりも、私達は地球系霊団の仲間であるという認識の方が強いです。こういう進化した御霊たちがいろんな世界宗教に協力してきたというのが真実であります。

しかし、もうそろそろそういう時代でもなくなってきますと、その世界宗教といえども、衰退期に入ってくると混乱していくようになって参ります。現在がまさにその時代でもあります。これから後、新たな文明、新たなアクエリアスの時代に入る時には過去の世界宗教と言えども、不必要になってきているのです。

そしてこの世に生きていくにあたり人々は大変に生きにくくなり、少しでもこの世的に幸せになりたい、そういう願いをお持ちの方々が多くおられるがために、近年においては自己実現の方法なるものがかなり流行りました。
マーフィーであるとかナポレオンヒルであるとか、最近では引き寄せの法則であるとか、こういう本が爆発的に売れていきましたね。いわゆる成功法則として、この世的にいかに人よりお金持ちになるか、人より抜きんでた人となるか、ということですね。これも大宇宙の法則としてはまさに間違いはないのですが、前提として正しい天上界の視点というものがなくてはならないのですね。
これがないと天狗的な成功者となり、逆に大宇宙の法則によりその天狗の鼻がへし折れる悲劇も生まれます。

さらに、もっと身近に会社で仕事が出来る人間になるためには、とかを中心とした心理学的な書物も売れてますね。そして女性向けには理想のお金持ちと結婚をするための方法であるとか、対人関係を良好に保つであるとか、理想の体型になるですとか、ダイエットや美容に関する本が需要とされてきておりますね。まあ、それも女性にとりましては需要でしょうけれども、やはりこの需要もこの世に強く意識を向けさせるような働きになっておりますね。

こうした三次元世界に固執するような人々が多くなる、ということをすでに見越して1800年代半ばあたりから、新たな計画がなされてきたのがスピリチュアルリズムというものです。これは前回も書きましたが高次元霊をチャネラーとして降ろし「霊言」や「神示」として現れてくるものであります。そしてこの計画そのものは、世界宗教のように一部の高次元霊が係わるようなものではなくて、地球系霊団としてまとまって統一をつけていこうとする働きです。

このスピリチュアルリズムとこの三次元世界で枠付けされているものの共通したものとは、
一番目には、人間は「霊」であるということ、そしてこの三次元はもともと人間たちの本来の住処ではなく、学習の場であって、死ねば何もかも終わりなのではなく死後の世界があるということを伝えております。これを知らないがために数え切れない御霊たちが迷い、苦しみそして驚愕しているのです。こういうことを言うのは大変失礼であると思うのですが、地震や津波、あるいは戦争で亡くなった人の数の比ではないのです。死後の世界がわからずに突発的な事故や天災で亡くなったりしますと、それはそれは導きのために来ている霊人たちもその説得は大変なのですね。キリスト者であった方でありましても、さあ、還りましょうと導きの霊人から諭されても、いや、復活があるはずだ、といって地上にすぐに復活するといて聞かない人もいるくらいです。

二番目には「神」という存在をあきらかにしていこうと説明しています。従来の宗教では神とはエホバであるとか、アッラーであるとか、天乃御中主であるとか、そういうふうに考えてきましたが、実はそういう一つの宗教に携わった存在たちは高次元霊であって、この地球系霊団の責任ある立場に立っている存在たちであるということであり、本質的な神ではないということを明言しています。神とは全宇宙を包括しているもの、高次元霊たちでさえ究極の神というのははかりしれない存在であると語っており、それは大宇宙全てを包む存在でありながら私達一人ひとりの御霊を創られた存在であり、またその神の一部であるのが私達一人一人の「御霊」という存在であるということです。

三番目はあちら側の世界からこの三次元の一人ひとりの人たちに起こる問題や悩み、苦しみというもの、そして個人の総合としての「人類」にとってとの問題の解決の「ヒント」を与えているという点です。高次元霊たちは、必ずこうしなさい、こう生きなさい、ということは決して申しません。
それは、この三次元世界というのは地上で学習している人たちの「経験」を積む場であるということをはっきりと知っているからです。

四番目は、「体主霊従」の生き方ではなく「霊主体従」の生き方を、そして自分だけが良ければよいというような行為、行動ではなく、共生した生き方を基本として、お互いにその違いを尊重しあいながら生きる中にこの三次元世界はだんだんと一段次元の上がる世界へと変貌を遂げるのだということを教えています。

それ以外にも共通したことは沢山ありますが、書けばキリがございませんので省きますが、何も難しいことなどひと言も言ってはいないのです。

スピリチュアルリズムの動きはイギリス、アメリカを拠点として始まりましたが、同時にこの日本でも始まっておりました。出口王仁三郎師、高橋信次師、こうした方々は現在「宗教」の枠にはめられていますが、本質的にはスピリチュアルリズムそのものであります。

つづく…

           出雲 拝

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