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2013年5月

2013年5月30日 (木)

御霊について

「幸せを呼ぶ龍宮物語」 第二章の部分を取り上げて、玉依姫からお話を頂いておりますが、「御霊」についてはこれで十分といったところには行き着けないくらい本来はお話しないといけことが多くございます。

今、お話頂いていることというのは基礎の基礎部分でありますが、これをしっかりと私達は押さえておきませんと、なかなか先には進めません。

「御霊」というのは本来は姿形なきものでありますし、神の属性を体現したものであります。御霊には創造する力があり、また智慧の宝庫であります。この「御霊」の偉大性にどれだけ気づきだしているか、それが次元を表しているわけであります。

四次元の方々よりも五次元の方々のほうがそれに気づいているわけでありますし、五次元よりも六次元の方々の方がより深くわかっている、六次元よりも七次元の方々のほうがより御霊の偉大性についてはよくわかってるということであります。

そして幽体というのはご自分の姿を現す道具のようなものでもあります。水は本来形はないですが、入れ物に水を注ぎますとその形の中に収まります。そのようなものに似て、ご自身を表現しやすくするために幽体というものを使っているわけですね。

この七次元以上になってきますと、神の念いをより深くわかっておりますので、神の代理としての自覚ももっております。玉依姫がいる高次元世界においては実はもう男女の区別は本来的にはないというふうにも言われております。

この第二章においてより深く御霊について知って頂くために、そして御霊のアセンションを果たす人たちが出来るだけ多く出てきますようにそう願って基礎の基礎からお話を頂いております。

私達三次元に生きる者たちにとりましては、あちらの世界については実感が持てませんし、「御霊」と言われても、もうひとつピンと来ない人もおられます。
目に見えない世界であるゆえ、実感がでないと思います。これが本音である方々が多いのではないでしょうか。知識として数々のお勉強をされてきている方々にはそんなことは知っている、とお思いでありましょうが、これまでも何度も申し上げてきているように、いざ自分が肉体と別れるときが来ると恐れる人たちが後を絶たない現実を見ますと、やはり本当は深いところでわかっていなかったのでは?と思うのであります。

 

ですので、まず「真に知る」ということを始めて頂きたく切に願います。
「御霊」とはどういう特徴を持っているのか、「御霊」とは私達の本当の姿であり、肉体は洋服のようなもの、何れは古くなり脱ぎ捨てるものであるということであり、それを前提で肉体を持っているということ。三次元に生きている私達から言い直すと「御霊が肉体を持っている」という表現が一番ぴったりするのではないでしょうか。

 

私達がこの三次元に出てくる前はどなたも「御霊」の姿で自由自在の存在であり、地獄や四次元を除けば、至福の状態で常にいたのです。
また御霊は、自由自在にこの三次元にも下りてくることも出来、残されたご家族のところへやって来ることも出来る存在であるということ。認識力の点においても三次元の人間の比ではないということ。それが御霊であります。ほんとうにいくら語りましても語り尽くせないもの、それが「御霊」であります。

 

この「御霊」に近づくために、この「幸せを呼ぶ龍宮物語」第二章、そして第三章に関連して詳しくお聞きして皆様方にお伝えしているわけでございます。
そして五次元から六次元へ、六次元から七次元へ御霊をより向上させるために必要なこと、その方法論、そうしたことをまずは玉依姫よりお話頂いているのであります。

 

このお話が一通り終わり、御霊とはどういうものか、この三次元に身を置いてそこから御霊の向上を目指すためのまずスタートラインに立つこと。そして御霊の向上への正しい道を歩むために必要なこと。そしてあちらの世界から観た視点、そういったことをご理解する人たちが増えて参りましたら、時間についてのこと、いったい時間とはいかなるものであるのか、この三次元を超えた世界には時間は果たしてあるのか、ないのか、

 

もし私達の認識が地球の自転による三次元の直線で計られる時間しか考えることが出来ないなら、あちらの世界には時間はない、というふうにお答えされるであろうと思います。

 

視点が三次元的発想しか出来ない間はなかなかこの時間についての真相はお話は出来ませんが、ある程度ご理解が進みますと、そういうお話も玉依姫から聞けるかと思います。タイムマシーンで現代の見学に来ている人たちもおりますし、
そういうことを考えると、時間とはどうなっているのか、いろいろ不思議に思われないでしょうか‥

 

それからメインは龍宮世界についてのことをより詳しく玉依姫よりお伺いしたいと思いますが、今は一番大切なことから優先してお伝えしていく予定であります。なかなか玉依姫の御霊をお持ちの方が地上にいるということも大変めずらしいことでありますので、この機会にライブで御霊についてのこと、天上界のこと、龍宮界のことをお聞きするというのは今回で最後でもございます。ですので貴重な情報というものを配信しているわけでございますが、時と共に今お伝えしていること、これからお伝えしていく内容、それが真実であるということを認める人たちが数多く出てくることになるだろうと思います。

 

これから大きな浄化も待ちかまえておりますし、日本は世界の雛形でもあります。この時期にこの日本に皆様方は生まれ合わせているのです。あのアトランティスの時代の末期をご経験された御霊の方々も数多くこの日本には生まれておりますが、これから迎えるものは地球規模的なことでもあり、おそらく皆様方にとりましては、…言葉は選ばないといけませんが、大変スリリングな時代に生きているのです。それがやがてはっきりとしてきます。

 

この時代に出来るだけ多くの御霊のアセンションを目指す人たちのためにまた、
玉依姫にもいろいろと手助けを頂いているのですね。
もう一度、「幸せを呼ぶ龍宮物語」をしっかりと学んで頂く時期でもございます。

 

 

こういった霊的な世界のことについて正しくご理解するとにより一層玉依姫が語ること、その真意がより明確になってまいります。

 

 

          出雲 拝

 

 

2013年5月28日 (火)

ご質問 ムー大陸の浮上

「アトランティスの証明がなされるのは時間の問題だと思いますが、ムー大陸は現実にあったのですか、また浮上はあるのですか…」との問い

「霊界物語」第九巻に書かれております。「黄泉の島」というのが太平洋にあったムー大陸のことだと言われています。。これがいつ浮上してくるか、というのはわかりません。もっと先になるのか、ここ数十年、百年のことなのかは定かではありませんが、

どうやら、他惑星の人たちが姿を見せるかも(^_^;)ということが言われているらしいですが…勝手な解釈はいけませんけれどもね‥出口王仁三郎師が予言されている箇所を抜粋してみます。

以下

宇宙の外に身をおいて   

五十六億七千万

年さかのぼり霊界の

奇しき神代の物語

赤道直下に雪が降り

太平洋のまん中に

縦が二千と七百里

横が三千一百里

黄泉の島や竜宮城

わけの分からぬことばかり

羽根の生えたる人間や

角の生えたる人が出る

夢か現か誠か嘘か

嘘じゃあるまい誠じゃなかろ

ホンにわからぬ物語

     霊界物語 第九巻より

        出雲 拝

2013年5月26日 (日)

「幸せを呼ぶ龍宮物語」 第二章に関連して

『貴女方がいる世界は3次元、貴女方が四次元の世界は信じがたい、と思って生活されていらっしゃいますね、次元というものは四次元の者にとりましても同じように、

貴女方3次元の方々と同じように異次元の世界なのでございます。次元というものはご自分の世界とは明らかに異なった世界でございます。ですから、今私達が住む3次元の世界からは四次元以降の世界は摩訶不思議、幽霊や物質ではない異形の世界であると感じておりますよね。

ところが、四次元に参りますと、五次元の世界が、今の私達が感じております、四次元の世界のように、あるのかもしれないけど、ないのかもしれないといった感じなのでございます。

また五次元の方々から致しますと、更に上の六次元が、本当にあるのか?といった具合なのでございます。次元と次元の間には、今私達が、あの世というものがあるのか、ないのか、といった位の次元の壁と申しますか、その様な、差がございます。』

            玉依姫

ご質問 過去世の記憶は大切なのか?

「あの世にいたということや前世の記憶がないばっかりにこの世での魂修行が上手くいかないのではないでしょうか。前世を知るのは大事なことではないでしょうか…」との問いについて

誰もが一旦、生まれて来ましたらあちらにいた時の記憶、何者であったのかという記憶、カルマというものが消されるというのは、ほんとうは有難いシステムなのですが、こういうスピリチュアルに関心のある方々は自分の過去世であるとか、何次元に居たのかとか、カルマは何であるのか、ご自分の人生計画を知りたいとお思いの方々が沢山おられます。

けれども、ちょっと考えて頂きたいと思います。もしご自分のカルマであるとか、課題であるとかをすべて記憶して出てきたら…どうでしょうか。例えば子供の頃にすでに記憶されているとして、過去世で人を殺した、あんなことをした、こんなことをした、地獄に数百年居た、その世界はこういう世界であった、だから今回はそれを刈り取るためにこういう人生が待ち受けている、こういうことを子供時代からわかっていたら、おそらく、まともに人生を歩んでいけないのではないでしょうか。

あるいは、過去世は名のある人物であったというようなことを知っていたとしても、逆にプレッシャーになってしまうのではないでしょうか。

翻って考えてみますと、では全くの記憶がないのかと言えば、どの方もかすかに、かすかに、残っているものがあります。たとえば高所恐怖症であったりだとか、何かを極端に恐がったり、あることに対しての深い悩みがあったり、人と比べてみて、何か違うなぁ、と感じるものがあると思います。それが過去世の何かと関係していることが多いわけですね。

「」幸せを呼ぶ龍宮物語」にはだいたい平均して五割くらい、ある時期に差し掛かれば、課題となる問題が出てくるようになっていると述べられておりますが、しかし、前回も言いましたが、残りの五割は出たとこ勝負で、まだ白紙なわけです。

この部分を使っていかに人生を光明化させるか、そこがこの三次元に出てきた一番のポイントであると私は思います。この自由裁量のきく部分で高次元霊の考え方、天上界の視点、こういったものを沢山取り入れて参りますと、霊的な部分での指導が入ったりするので、まったく計画した以上の素晴らしい人生が展開いていくことだっていくらでもあります。

実際、ご自分のカルマを知って、幸せになることはないですから、記憶が消されているというのは大変な神のご慈悲でもあるわけです。

こういったことは詳しくいろんなパターンをまとめて参りたいと思っております。

          出雲 拝

2013年5月25日 (土)

ご質問 死への恐怖の克服

「死への恐怖心は和らげられるのですか‥」との問い

三次元に生きている私達は誰もが恐怖心を持っております。そのなかでも死ぬということが最大の恐怖としてあげられますね。でもそれは、真実を知らないから起こることでもあります。

実のところこの世とあの世は真逆になっているところがかなり多くございます。みなさんは死ぬことが最も恐怖を抱くとお思いでしょうが、実際には生まれる時の恐怖のほうがはるかにはるかに大きいのです。全く不自由な世界に出て参りますし、現代だと生まれる前にどんなアクシデントがあるかわからないですし、あちらに居た記憶がかき消されてしまいますす。全くの手探りの状態で人生を歩むことになりますし、

何よりもと居た世界に無事帰れるかどうか、それもパーセンテージが低いですね。そんな恐怖に比べたら、死ぬということほど容易なことはありません。危篤の状態というのは、御霊があちらの世界に行っておりますし、先に亡くなっている自分の両親や知人、守護、指導霊なども来ておりますし、不安はないんですね。しかし、全くあの世を信じない人にとっては自分の亡骸やあるいは危篤の肉体にすがりついて泣き崩れている家族を観て、驚愕することばかりでしょうから、あらかじめ、あの世のことを予習しておくというのはとても大事なことでございます。

でも、私が思いますのは、死への恐怖と言いながらも、その実この世への未練というか執着というか、見知らぬ世界へ一人で行くのが嫌で愛する者の側についまでも居たいということではないのでしょうか。そういうことだと思うのです。死ぬこと自体はなんら問題はないのですが。

ですので、あの世のことを知ることも大事ですが、この世の未練も「常に」整理しておくことが何よりも大切ではないでしょうか。ご質問者様も恐怖というよりもそういったところではございませんか‥?(^_^;

また別のご質問を頂くほうがより具体的となりそうでありますよ。(^^)

このあたりについてのことも、「幸せを呼ぶ龍宮物語 第二章に関連して」においてとりあげて参りたいと考えております。

結論はみなさん覚えていらっしゃらないだけで、生まれてくる時のほうが圧倒的に恐怖心は強かったのですよ。

           出雲 拝

ご質問

「地上に生まれている龍宮界出身者の女性たちというのも、自分のカルマの為ではなく、人々のために生まれているのですか…」との問いについて

龍宮界というと六次元神界というイメージをお持ちの方々も多いと思います。もちろん、その次元が一番多いのは事実ですが、龍宮界という世界は上は九次元まで続いている世界です。そして人々の為に生まれてくる龍宮出身者というのは七次元以上の方々です。

六次元まではまだ半分はご自身のお勉強の為ということもございます。六次元の上くらいになってきますと、だんだんと自分の為というパーセンテージは少なくなってくるのですね。

現代という時代はこれまでにないくらい厳しい世界でありますから、龍宮界出身だからと言って、必ずしもストレートに龍宮界に戻れるかどうかはわかりません。それほど過酷な三次元世界です。むしろ次元が下がったり、龍宮世界に戻れなくなっていく御霊が多いのではないかとも思います。

この三次元世界はそんな理屈では通らない世界ですし、実にドロドロとした世界でもあり、間違った価値が常識とされている世界でもあります。そういう世界の中で私達は御霊の生長のためのレッスンに来ているのです。

ですので、こうした正しい霊界観、あちら側の高次元霊たちの考え方、こうしたものを身につけておくということは、どれほどの福音になるか、何れはどの方々もこの世を去りますが、この世を去ってからはっきりわかります。

現代はこれまでにない数の龍宮女性霊たちが出ていますが、三次元は厳しいです。また龍宮出身者たちがものすごく生きにくい時代でもあります。しかしそういう女性霊たちも自らの御霊の向上を願って出てきているわけですね。

成功するかどうかはご本人次第です。

         出雲 拝

さて、日本の端と端に地震注意としましたが、

日本から離れたニュージーランド方面とサハリン近海に大きな地震がありました。

今後は何れ、この日本にも火山噴火や巨大地震がやがてやってくる、そういう時期にも差し掛かってくると思います。

これからの地震についても玉依姫からあちらの世界で起きていること、高次元霊たち、山岳系の方々のことなどをお聞きしております。

2013年5月24日 (金)

幸せを呼ぶ龍宮物語 第二章に関連して

『五次元の幽体と四次元の幽体とは少しばかり違いがございます。四次元の方々は、まだはっきりとした肉体的、又は、幽体としても、それが必要なのでございます。つまり、御霊の本来の形は形ではないのでございますが、この3次元の物質、肉体が御自分であるととらえているのでございます。形として存在していないと不安なのでありましょう。御自分の存在がなくなってしまったような気がしているだけなのですが、どうしても御自分の存在には形が必要な心情と申し上げたらよろしいか、心もとないと申し上げたらよろしいか、そういった感じなのでございます。

ですから、まだまだ3次元、この世界から心が離れていないのでございます。一方、五次元の方々が幽体から抜けだせない、或いは幽体を使うというのは、つまり、名刺ですか、3次元で言いましたら名刺のようなものでありますね、幽体をまとっておりましたら、だいたいどんな御方かみなさん分かりやすく、又、分かって頂ける世界でございますから、どうしても幽体が必要という訳ではございませんが、それをまとっていたほうが良いという位のものであります。

五次元の方々が四次元の方々と大きく違いますのは、相手の為に幽体をまとっているという事かも知れませんね。御自分もご相手も分かりやすく、といった感じでありましょうか、四次元の方々と大きく違いますのは、ほとんど御自分の為に幽体をまとっているのではないという事だけれど又、まだまだ、幽体に頼っておいたほうが楽かな、というような五次元であると思います。』

              玉依姫

24日になっておりますが、焦らず地震警戒してください。

日本の端と端に警戒かもしれません。関東、千葉と九州とか、北海道と沖縄といった感じでしょうか。火山の噴火も含みます。何もなければ良いですが、とりあえず警戒はしておくにこしたことはなさそうです。

しばらくの間様子を観ましょう。何もないことを祈りますが。

2013年5月23日 (木)

幸せを呼ぶ龍宮物語 第二章に関連して

『私達肉体を持ち生活している者にとりまして、この肉体こそが御自分であると思って日々生きている訳でございますね。限りあるこの3次元でのみ必要な肉体が御自分であると思って生きている訳でございますね。

ところが、この物質である肉体の中に本物の御自分が存在しておるのです。この3次元の世界では本物の御自分である御霊の本性を隠す事も出来てしまうのです。

例えば心の中には色々と持ちながらも顔で笑顔を造る事も出来ますでしょう、又、言葉でも御自分の本心を隠す事も出来ますでしょう、こういった世界が今、私達肉体を持って生きている3次元の世界なのでございます。

が、4次元の世界では物質肉体から離れておりますから、嘘や誤魔化しは出来ないのですね、ですから、四次元にある私達が聞かされている地獄世界においても、その目で見えるような形、いかにも鬼のような形の幽体となりましたり、又、少し宗教的なところではそれなりの幽体を身に纏っている事はあるのです。

つまり、まだまだ御霊本来の意味が分からない、又は分からせたくたいという集団のお頭等、3次元に近い形で誤魔化しをしている世界が四次元とも云えるかも知れませんね。まだまだ見た目、物質的なところから離れていない御霊たちには効果的でございましょう。           

五次元に参りますと、集団、宗教に関係なく、良い御霊たち、善人ですね、こういった方々が住める世界になりますと、どんな宗教にいたとしても善人たちが存在出来る世界ですので、まだ、幽体的にはキリスト系の方々であったりイスラム系の方々であったり仏教系の方々であったりヒンズー教の方々であったり、何となくそのような御衣装をしている場合がございます。

が、この世界ではまだ、そういった御霊の違いというものを御霊本来が離れ難いからでございまして、だからといって見なさん仲良くされている世界ですが、御自分の御霊がまだ少し縛られていつつ、自由に色々な方々の影響を受けつつ生活していらっしゃいますので、まだ幽体に頼っているところが、あるのでありましょう。

何も宗教だけではなく、その御霊の軸になっているものの幽体は身に纏っているほうが御自分が安心出来ますのでしょう、日本人で生まれた経験がある方で侍の幽体を持っている方や古代ローマの戦士での方や本当に時代は様々な幽体を身に纏っている方々があふれていて、おそらく1番面白いと思ってしまうのは五次元でございます。』

             玉依姫

自然災害と争いの心

アメリカのオクラホマ州オクラホマシティ一帯を巨大な竜巻が襲いましたが、この自然災害も浄化の一つですか、天は人間たちの命のことを考えないのですか‥」との問い

この災害によりお亡くなりになられた方々には心よりご冥福をお祈りいたします。

こうした自然災害というものは浄化であるのかということですが、現在、気象のコントロールが難しくなっているということが一番の要因です。それは以前にもこのブログでも書いたと思いますが、

玉依姫は「争い」の心は気象に影響を及ぼすと申しております。この日本を含め世界中で気温の寒暖差、強風、ヒョウ、大雨、洪水が多発しております。日本にもあのような竜巻がいつ起こるかもしれません。

争いの心というのは、経済においてもそうですし、個人においても企業、団体においても切磋琢磨と称して、そこから大きくはずれた蹴落とし合いの世界が展開されております。先程のご質問にも関係しますが、魚座のエネルギーになんとかしがみつこうとするとますます争う心が巨大化して参ります。そうしたことが気象に影響を及ぼします。

またこうしたネット網などもそこには利権が係わっておりますし、そうしたネットそのものも宇宙を乱す原因ともなっているのです。

そして何よりもアメリカという国は世界の二酸化炭素汚染の25%を生み出しているということも忘れてはなりませんね。

ですので、こういった自然災害は龍神たちの怒りだとかではなく、むしろ自然霊たちが浄化しようとされても、コントロールが出来ないところまで三次元世界はなってきているということです。それほど「争う」心が蔓延しているということですね。

           出雲 拝

アクエリアスの時代についてのご質問

「アクエリアスの時代は共生の時代だと言うことですが、いつからアクエリアスに入っているのですか、」との問いについて

アクエリアスの時代はいつから入るのかということですが、いつからというよりも、もうすでに魚座のエネルギーは後退してきており、水瓶座のエネルギーが徐々に大きくなってきています。この魚座のエネルギーが後退してきているがために、これまでの既存システムが上手くいかなくなってきており、それが元で現在、世界中で様々な混乱や争い、元に戻そうとする抵抗する力があります。国と国との駆け引き、経済的策略、戦略など様々ですが、以前もお伝えした通り、玉依姫が懸念していることは、次ぎの大戦です。最後はつぶし合いになるかどうかです。

それと、水瓶座の時代の地ならしも始まります。それは地殻変動によって、新たな大陸浮上と地球環境を整えるためにどうしてもどうしても必要なことであります。ですのでこのことに対しては祈りは通用しません。

日本はあらゆるプレートが重なって出来ている地形でもあります。日本が世界の雛形となっているというのは日本からすべてが始まる徴でもあるのでしょう。

すなわち、魚座の時代にとどまる抵抗と新たな時代のための浄化の二つがあるということです。わたしたち地上の人間は破壊を選び取るのか、今までの既存システムと違った方向性を目指すのか、その選択を迫られております。

ノアの方舟の時のようになってしまうのか、新たな時代に突き進もうとするのか、その瀬戸際です。神々がそれを強引に決めるのではなく、わたしたち人類が選択するのです。

このアクエリアスのエネルギーというのは、統合していくエネルギーであるということも言えますし、「女性」性のエネルギーでもあります。すなわち調和していく力であります。

このエネルギーは個人プレーをしたいという念いには繋がりません。むしろはじかれてしまいます。

そうではなくて、人と人とが協力して新たなものを創造していこうとするところに働きかけます。ですので一つの志を持っているグループや集団に働くようになって参ります。

これについては詳しくお伝えして参りますね。

さて、24日前後、ご注意してくださいませ。

何もなければ良いのですが…

 

            出雲 拝

2013年5月21日 (火)

天上界の視点についてのご質問

「天上界の視点ということをよく言われますが、その視点のこの世的メリットというのは……」との問い

この現世で生きていくためのいろいろな三次元の知識であるとか、技術的なものはそれなりに大切です。

この天上界の視点というのは、あちら側からみた観方であります。こうい視点というものを数多く持つことによって、いろんな問題点というものが見えてくるわけです。

例えば、道に迷ってなかなか目的地にたどり着けないということもよくありますが、これを上空から観てますと、あっちに行って右に曲がって、その道を直進して、しばらくすると渋滞するから、次ぎに左に迂回して…というのが見えるわけですね。これが高次元霊たちの視点であるわけでございます。

現在、経済問題、紛争、政治問題、いろいろありますが、これをこの世の知識と判断だけでいけば、戦略、策略重視になりますし、それはひじょうに複雑なことになっていき、専門家たちの仕事であるかのように思われがちで頭脳明晰でないとダメなように感じてしまいます。しかし、三次元の視点だけでは根本問題の解決には絶対に至りません。

こうした問題も天上界の視点をもってくれば、これはいったいどこに問題があるのか、どこが間違っているのかということが手に取るようにわかってくるわけです。

すなわち、天上界の視点を取り入れるということは、高次元霊たちの判断と同じような判断が出来るようになるということであるのです。

これは何を意味するのかと言えば、それこそが御霊のアセンションに繋がっていくのであるということなのです。これをどうか知ってくださいね。

その視点でもってご自身の問題を観る時に手に取るように見えてくるわけです。ご自身の課題として出てきた問題は、焦るでもなく、苦しむでもなく、ただ「淡々」と処理出来るようになってくるのです。

この天上界の視点を知らないばっかりに苦しみを生み、恨みを募らせ、次元をわざわざ真逆に下げていく人たちが後を絶たないのですね。

御霊のアセンションのためにはいろいろな体験をしてそれを経験知にまで引き上げつつ天上界の視点をもって、事に当たる時、御霊は嫌でもアセンションしてしまいます。

以上です。

         出雲 拝

幸せを呼ぶ龍宮物語 第二章に関連して

『すべては生まれてくる以前に貴女方、すべての人が、ご自身の「御神霊」(一般に呼ばれている守護霊、指導霊)と、人生計画を立て、十分、納得したうえで、この世という世界に出てこられたのです。もちろん全部などとは申しませんし、霊界のどの次元からということにもよるのですが、人生の流れの半分ぐらいは、本人も納得した上での出来事が起こり得るのです。』

 

『十割すべて人生が決まっておりましたら、あえて生まれる意味がござい ません。ただ限りなく十割に近い者もおります。 九割方、八割方の方もおり、また、五割以下、四割の者、全く成り行き 次第の行き当たりばったりといったような方も、おります。 平均いたしますと、五割方といったところでありましょう。』

         
        幸せを呼ぶ龍宮物語

このあたりに関連したことで玉依姫よりお話頂いたことを掲載しておきます。 以下

『つまり、高次元からこの物質世界つまり3次元に肉体を持つということは、何かしら自分のカルマというものの克服という為のものではなく、人々の御霊の向上や善導の為のものですので、こういう処に生まれ、ある時期にはこういう御方と出逢い、又、その仕事を全うする為のあらゆる状況を援助する方々と出逢うというような事が8割方決めて出てくると云うことなのです。多少の時期には違いがでてくるのは、この時間に支配されている3次元では仕方のない事実ですが、だいたい、お逢いする時期にはお逢いできる形になると思います。

と、云いますのもこれは更に高次元の方々が計画してサポート体制は出来ているからであります。はっきり申しますと、私などはこの世界、3次元は地獄のてっぺんとずっと思っております。どんな世界、例えば、芸術の世界には、かなりの数の高次元からの世界の方々がおりますが、この世界で精神的に病いになってしまう方々が多いです。亡くなって初めて偉大な巨匠として名は残しますが、生きている時は大変な思いで生きていらっしゃった事は皆様良くあちらでお話しなさっております。

が、こういった方々も8割方保険のようなものである計画はされております。そして、目的は果たせていると思います。男性霊の方々は自ら厳しい状況を計画してくる傾向はございます、私など女性霊は比較的安定した処に生まれる傾向性はございますが、それでも平凡な処とは少し違うような気も致します。幼い頃から様々な心情の勉強をさせられている環境と申しましょうか、そんな気は致します。
ですが、必ずタイミング良く導く方々が出てくる不思議がございます。これが、先程話しました、保険のようなものであると感じるのでございます。こういう事を普通の方々に不備に言ってしまいますと、大変な反感をかわれてしまうという事は潮文社の社長ではなく関係者から言われた苦い経験がございます。生まれも良く何不自由なく育ち、ご自分は乙姫様々ですか、素晴らしいb御境遇、まだ何か欲しいものがあるのですか?と言われた事は今も、ああ、普通そう思われるのか、と初めて知らされました。

その時は社長にはお逢い出来ず、帰りましたら、1週間後位たちましたら、社長が是非逢いたいという御電話を出版社から頂き出版に至ったわけでございます。これも、私はある時期にお逢いする、あちらで約束された小島社長との約束事であったと思えてならないのでございます。又、小桜姫物語を書かれた浅野和三郎氏の娘さんとは仲良く、そのお孫さんに私の原稿を精査して頂き出版の運びとなりましたのですから、小桜姫も協力して頂いているような気がしてなりません。小島社長は帰天されましたが、大震災の10日少し前にお礼の御手紙を書けました事と私が以前お話しした事を見届け、帰られました事も決められていた事と感じてしまうのでございます。』

                玉依姫

高次元の方々ほど、運命というもののパーセンテージが高いです。たとえば、九次元や八次元あるいは七次元といった方々は、七割、八割、九割、運命というのは、決まっています。それは、天上界で要請されている使命が大きいため、その使命を全うするためであるということであります。男性霊の高次元の方々は厳しい計画をすることが多いですが、女性霊はそういう厳しい環境に生まれることは少ないにしろ、一般の女性霊以上に心情においては人以上に深さもあり、きめ細やかであるため、それ相応のこの世の生きにくさの厳しさがかなりございます。しかし、周囲からはそのように思われることもなく、玉依姫のお話のように誤解を受けることもあるようであります。

五次元ぐらいの魂ですと、平均五割ほどが、あらかじめ決定している要素があると言われています。残りの約五割の部分というのは、ご本人の魂の傾向性に引っ張られていくことが多いです。人は生まれた時に、ある一定のものの考え方や、魂の傾向性というものは、ある程度、どなたも持っておられます。これが、人生行路というものを決めているようです。

この三次元世界というのは、なかなか自分がこうしたいと念っていても、自分以外の他者の存在もありますし、生きている人間の念、生き霊のような影響を受けることもあります。また、憑依霊の影響により、病気をしたり何をしても運が悪いとしか言いようのない出来事に遭遇することもあります。

しかし、五割くらいが決まっていて、残りの五割に自由裁量があるということは、個人における御霊のアセンションは期待出来るということですね。ご自身の努力精進といつも申します、天上界の視点を持ち、守護、指導霊の霊的バックアップがあれば、計画してきた以上の成果もあるということです。五次元から六次元、七次元に一気にアセンションすることは夢ではないということです。残りの自由裁量がきく五割が勝負、これをどうか知ってください。そのためにどういう心構えで、どういう心境目指すべきなのか、それをこのブログではいろんな角度からお伝えしていきたいと思っております。

ただ、アセンションと申しましても、この三次元で半分霊体半分肉体になるなどということはありえませんし、以前も申しましたようにグローバルアセンションなるものはございません。これに関した玉依姫からのメッセージもここにご紹介しておきます。

『貴方様はアセンションの事が非常に気になっていらっしゃいますが、アセンションというものはこれこそ私に言わせて頂きますと、夢物語でございます。そもそも、アセンションというものは3次元の世界では起こり得ないのでございます。これは4次元では良く起こります。

つまり、4次元と云いますのは、物質のない世界です、が、地獄と呼ばれている空間も、ある特定のカルト集団や、沢山の宗教もどき等の空間もできあがってしまう次元なのでございます。そういった御霊を縛られた世界でアセンションが起こる事は私も知っております。

誰かがある時気付くのです、何か変だ…と。どうしてもご自分達が存在する処が夢みていた天国、天上世界ではないのではないか?と気付くのです。そこにアセンションが起こるのでございます。つまり、色々な次元からこの3次元に集まっているこの世界でのアセンションがあるとしたら、物質世界では物質による変化しか出来ないのです、つまり、自然の世界で形を変えるのがこの世界でのアセンションのようなものと心得て頂きたいと思います。

昔むかし、一瞬に消えてしまった民族がいる事はありました。それについては又、お話し致しますが、貴方様も世の中を観まして生活して、どこかにある日突然次元が変わるような処が見当たりますでしょうか。人々を導くはずの宗教も戦い闘いでありましょう。新しい宗教も他の宗教の悪口ばかり、ですから、こういった世界でアセンションは自然が起こす事になるのでございます。自らの力の小ささを地球が教えて下さいます。又、詳しくお話し致します。』

              玉依姫

2013年5月19日 (日)

パワースポットと家の方位についてのご質問

私事都合のため更新が遅れ、大変申し訳ありませんでした。

パワースポットにつきましては龍宮界掲示板にご質問頂ければ、お答えしてくださると思いますので、どうぞ書き込みして頂ければと思います。

パワースポット=霊的な磁場の強いところということでしょうか‥

よくテレビ、ネットや本などで霊能者と称する人たちが、いろんなところへ行っては、ここはエネルギーを感じるだとか、やれあそこは波動が高いだ、なんだと言うとその反響は大きく、そこへ出向く人たちも大変増えます。

この世的に何か御利益を求めて行く人や摩訶不思議な体験をしてみたいという方々が多くなりますと、やはりその場所の霊域がこの世の世界の荒い波動に汚されてしまいます。

私がよく参ります神社もある霊能者がテレビで紹介したために、参拝者が大変増えたようなのですが、懸念した通り、神石を削り取っていく輩、神木の枝を持ち帰る輩、こういうのが出てきました。

やはり、何というか、この世的な欲念によって汚されることが多いので、やはりこういうパワースポットとか言うものを公表し広めるというのは誰が最初に言い出したのかは存じ上げませんが、あまり好ましいことばかりではないと思います。

パワースポットと一口に言いましても、いろいろです。そういうところへ行くことでエネルギーを受けることが出来る場所というのは確かにありますが、そういう所ばかりではなく、むしろ真逆のところもございます。
特に山岳などに係わるところでは、パワースポットになっていても、人間が立ち入るべきでないところに立ち入ったために遭難したり、事故にあったりということもあります。まして欲念を持ってそういうパワースポットだといって自分勝手な行動を取ったりしますと大変なことになりますので、これは警告しておきたいと思います。

自然霊たちが管轄しているパワースポットというのもありますが、最初からその場所がプラスの霊的な磁場の強いところであるのかと言えばそうとも言えないところもあるのですね。

例えば、出口王仁三郎師の大本がございますが、ここはもともと明智光秀の居城であったところでした。明治の頃までは廃墟になっており誰も近づくものはいなかったのです。それはなぜかと言いますと、その居城であったところにうようよと迷いの霊が出て、人々は恐れおののき、そこに立ち入った人たちが亡くなったり、怪我をしたりというのが後を絶たなかったわけです。そういうところでありましたところを出口王仁三郎師が買い取り、そこを聖地にまでしたわけです。現在この場所は非常に波動の高い場所となっております。

つまり一人の人物が巨大な光の磁場を創り上げたということです。一人の人物から始まり、そして一つの集団が霊的な磁場を広げていったということです。これはどういうことかというと、みなさんが好きなパワースポットと言う言葉で言うなら、出口王仁三郎自身が巨大なパワースポットの源であったと言えると思います。

パワースポットというところはいろいろなところがありますが、特に神社などの神域が多いですね。もともとそういうところへ参拝する人たちというのは純粋な心で感謝の念いを神に捧げにくる人たちが多いですので、そのプラスの念が霊的な磁場を強めるからですね。ところがそういう場所を紹介されて、欲念を持ってやってくる人が増えるとせっかくの神域が汚され、パワースポットがパワースポットでなくなる場合も私はあると思います。

神社への参拝は普段から何度も足を運ぶことが大切ですね。祝詞を捧げたり、いろんな作法もございますが、一番大切なのは「今日もここに参拝させて頂けましたことを心から感謝致します。」というような心根で参拝することが大切です。普段からこういう心根で参拝していますと、何か問題が発生した時に、「これこれこういう問題が発生しましたが、何卒無事に乗り越えることが出来ますよう、ご守護ください。」と祈りますと必ず何らかの守護が入ります。

パワースポットについていろいろなことを思っておられるようですが、私はパワースポットというのは、ご自身がそこに行かれて居心地がいいと感じる空間であると思います。ですので「マイパワースポット」を持つのが一番いいのではないかと思います。ここに来れば落ち着くとか、ここに来ればなぜかホッとする場所がもしあれば、それがあなた様にとってのマイパワースポットであるとお考えになってよいと思います。私もこういうマイパワースポットの場所はございます。

それから、パワースポットの近くに引っ越すことについてですが、まあ、あまり欲張らずに、ご家族の事情をくんで場所を選ぶのがいいと思います。お子さまの学校のこと、職場への通勤などを考慮してお考えになられることが大切ではないでしょうか。ただ、海辺の地域でしたら、高台を選ぶことが大切ですし耐震性は絶対にはずせませんね。

それと、引っ越す時期というのもありますが、一番大事なのは、ご家族にご病気されている方がいたり、現在体調が優れない方がおられる場合はしばらくは避けられることが賢明です。(転地療法というのはまた別です。)そこを無理して押し通してしまうと、数年後に病気が悪化したり、いろいろなもめ事が起きたりする場合も多くあります。今現在のお住まいが一年足らずであったり、ほとんど寝に帰る程度であれば問題はないのですが、何十年もお住まいのところから別の場所に移動するとなると、やはりそこの場所との、何と言うのか「気」とでも言うか、それと合わないといろいろ厄介なことが出てきたりすることもよくあります。

ですから、そこの場所を見に行かれて、それも一度だけというよりも何度か行かれてみて、ご家族が心地良いと感じるかどうかがポイントですね。ほんとうに心地良いと感じるのであれば、そこの場所に合っていると判断して良いと思います。

それから、家の間取りとか家相や風水だとかいろいろありますが、これをあまりにも気にしすぎて家を建てると、とんでもない使い勝手の悪い家になることも多いですし、何よりも家相だとか風水的に完璧な家などは日本の住宅事情を考えれば、まずないと思ってください。そんなことよりも、ご家族みんなが集まれる空間があって、気分がよく、笑いの絶えない家にすることが何よりのパワースポットになります。これはご家族お一人おひとりの心から始まることであります。
いろいろな出来事があるでしょうけれど、物事を常勝的にとらえる習慣がある家庭は間違いなく、その家は住み心地がよく、パワースポット的なお宅になるはずですね。

ただ、家の中心からみて、東北の表鬼門、すなわち丑寅のど真ん中と西南の裏鬼門の未申のど真ん中は常に清潔にしておくのが望ましいです。これは過去の個人的な経験上からも言えますし、統計上からも言えることです。ここにお風呂場やトイレがあったり、キッチンなどの水回りがある場合はこまめにお掃除することをお勧めします。あまりごちゃごちゃと物を乱雑に置かないことも大切ですね。もちろん、あまり神経質になる必要はありません。
それと、今後の地震のことを考えますと、しばらくは賃貸住宅も考慮してもよいのではないかと思います。

それから方位についてですが、ごく簡単に言えば、表鬼門の東北方位というのは「変化」するところであります。ここで良い因になる種があれば良い変化を起こし悪い因になる種があれば悪い変化を起こすわけです。その因が東で芽を出し、東南で大きくなり、南で盛んになり、そして裏鬼門の西南で結果となる実をつけます。東北での何らかの変化が西南で結果として出るわけです。そして西でその実がすずなりになります。流行りの西が金運の方位だと言われるのもそこから来ているわけです。そして西北でその実を刈り取るのですね。昔から西北に蔵を造ると言われていたのもそういうことからきておりますね。そしてその実の種が北で水分を吸収してまた東北で変化し…というようにこれは原因結果の連鎖であります。ですから表鬼門の東北と裏鬼門の西南は大事にしないといけないと言われていたのは、こういう森羅万象のサイクルから来ている思想なのですね。
決して鬼門の方位そのものが忌み嫌われ、コワイというものではありません。
私の自室も丑寅の方位にございます。

ですから、良くない因を蒔いた時には、
「鬼はそと、福はうち」ですね。悪い因を芽が出る前に取り除くことですね。そして良き想念を家に溜め込むことです。

ですが、良い因が蒔かれている時には
「鬼はうち、福はうち」です。!

もちろん、こういうことにあまり神経をとがらせる必要はありませんし、これまでも何度も言っておりますように天上界の視点をしっかりとお持ちの方々は、こういう束縛から解き放たれるようになります。しかし、まだ三次元に意識が大半の方は、多少こういったことも知っておかれるのも救いになることもありますね。 

パワースポットを創り出す家にして頂ければと思います。

以上をご参考にしてくださいませ。あくまで参考です。

☆今週少し、地震、動き出すかもしれません。

また、いろんなところで、火山の噴火もあるかもしれません、と玉依姫から‥

           出雲 拝

2013年5月 2日 (木)

幸せを呼ぶ龍宮物語  帰神口述

『帰神口述というと、何か大げさな儀式めいて思われるかもしれませんが、簡単に言いますと、肉体を持つ私、天乃河ます美が、この世的な、三次元的な、あらゆる束縛から、一旦、解放された状態で、精神の統一を行いも玉依姫の心霊を受け容れた状態で、お話をするということです。これを帰神口述と言っております。
私の場合、文字通り、玉依姫の「神」が、私のところに帰って来て、お話をするという事です。帰るというのは、少しニュアンスが違いますが、依るという事でもあります。

対話者の役目をしている天乃河はるみとの対座の前には必ず、一時間ほど精神統一をします。すると、もはや自分の肉体があって、ないといったような状態になります。これは言葉で表現することは難しい問題です。肉体の中の御霊が、ぐんぐん大きくなるような感じ、といってもわかってもらえないでしょう。

私が心霊相談、人生相談という事で、お会いする方と面会する前も同じように精神統一を行います。

この精神統一というのは、私にとっては、これぐらいの時間をかけなければならないというものではありません。他の人と話していても精神が統一されていき、
自然に「玉依姫」が来て話している事も、よくあります。

そして、それは私自身わかりますし、相談にみえた方との会話は、内容の半分ほど、そして重要な部分は「玉依姫」が話しております。

というのも、この玉依姫が龍宮界から私の中に入った時(帰神した時)、私は全霊が「玉依姫と一体」となっているのです。が、これもなかなか、理解しがたいことでしょう。

私にとって、玉依姫の「帰神」というのは、どう説明したらよいでしょうか。私であって私ではない、というか、より大きな存在である私との出会い、といった方がよいでしょうか。が、言葉で説明するのは、今の私には力不足です。が、だいたい、このような現象です。』

 天乃河ます美

 

 

 

以前にも書いたことですが、一般的に、霊言というものは、地上で霊示を受ける方の、認識力、学んできたもの、経験、考えていること、関心のある領域、そして何よりもその方の個性というフィルターを通して、高級霊たちは霊示を送ってきます。


ですから、100パーセントのその霊人の個性というよりは、伝える霊声者の方の個性や考え、表現力を使って翻訳されてくることがほとんどなのです。

しかし、全く別の御霊の霊人の言葉を伝えるというのではなく、天上界にある、ご自身の御霊の本体意識を入れて語りおろす言葉というのは、混じり気のない純度100%のものです。今回の玉依姫の言霊を地上に「現す」というのは、事前に天上界においても入念に計画されていたことであり、おそらく、これほどまでに100%の霊言というものも今までなかったことだと思います。

霊界研究をされている研究家であれば、この玉依姫の「幸せを呼ぶ龍宮物語」が本物であるということはみなさんお認めになってもおられます。丹波哲朗氏もこの書をご覧になり、本物であるとお認めでございました。

また、潮文社からこの神書を出すに当たっても、出口王仁三郎師の「霊界物語」を口述筆記されていた時期もある浅野和三郎氏のそのご子孫の方も、もし「小桜姫物語」の続きをもし書けるとしたら、「天乃河ます美」以外にはないと断言され、正しく「玉依姫」と認められ、出版に至ったことはこのブログでも書いた通りです。

なかなか同時代に全ての人に、というのは難しいでしょうけれども、やがて時間の経過とともにそれを認めていく人たちも多く出てくると思われます。

          出雲  拝

2013年5月 1日 (水)

ご質問 王仁三郎の雛形経綸

…出口王仁三郎の「雛形経綸」とはどういう意味のことですか

との問い

長くなってもいけないので簡単に申しますね。
出口王仁三郎師率いる当時の大本は日本の雛形とされていました。そして日本は世界の型。大本で起きたことが日本に起き、日本で起きたことが世界に転写する、ということです。 

主立ったことを書きますと、

昭和九年七月二十二日 

出口王仁三郎、東京九段の軍人会館で昭和神聖会発足。
           ↓
          その六年後
 

昭和十五年七月二十二日 

同じく、東京九段の軍人会館で近衛内閣が組閣。陸相の東条秀樹が大政翼賛会を発足。 以後、日本は急速に右翼化 

昭和十年十二月八日  

憲兵特攻が松江の宍道湖近くに滞在中の王仁三郎を奇襲し検挙
           ↓             
         その六年後

昭和十六年十二月八日

特攻隊がハワイの真珠湾に停泊中の米国太平洋艦隊に奇襲攻撃

昭和十一年四月十八日

綾部・亀岡の聖地及び大本関連施設がダイナマイト1500発で破壊
           ↓          
         その六年後

昭和十七年四月十八日

米軍機が東京、名古屋、神戸等の本土を空襲爆撃で廃虚化

昭和二十年九月八日

大審院にて大本は無罪。出口王仁三郎、国への賠償請求放棄。
           ↓          
          その六年後

昭和二十六年九月八日

サンフランシスコ講和条約で太平洋戦争終結。戦後連合国は日本への賠償請求放棄

出口王仁三郎師の投獄期間というのは
昭和十年十二月八日から昭和十七年八月七日の六年八ヶ月

日本の連合軍占領下の期間が
昭和二十年八月二十七日から昭和二十七年四月二十七日の六年八ヶ月

第一次大本事件から最終の無罪結審までが九年九ヶ月

太平洋戦争勃発からサンフランシスコ講和条約締結までが九年九ヶ月

出口王仁三郎師の神業は全て「対」になっているのが特徴でもあります。
二度にわたる大弾圧もそうだし、大本の聖地綾部は火と天、亀岡は水と地をあらわしますし、開祖出口ナオと聖師王仁三郎は、艮(うしとら)の金神と坤(ひつじさる)の金神の対。そしてこの出口王仁三郎師の神業はまだ続いて対となっているのです。それが玉依姫の神業であります。これはちらちらと「霊界物語」にも出ているのであります。

 

このことは追々おわかりになってこられる方々も増えて参りましょう。簡単ではございますが、以上です。出口王仁三郎師についてはこのブログでも詳しく取り上げていく予定でもあります。

 

        出雲 拝

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