« ご質問 霊格を上げるには | トップページ | 幸せを呼ぶ龍宮物語  帰神口述 »

2013年5月 1日 (水)

ご質問 王仁三郎の雛形経綸

…出口王仁三郎の「雛形経綸」とはどういう意味のことですか

との問い

長くなってもいけないので簡単に申しますね。
出口王仁三郎師率いる当時の大本は日本の雛形とされていました。そして日本は世界の型。大本で起きたことが日本に起き、日本で起きたことが世界に転写する、ということです。 

主立ったことを書きますと、

昭和九年七月二十二日 

出口王仁三郎、東京九段の軍人会館で昭和神聖会発足。
           ↓
          その六年後
 

昭和十五年七月二十二日 

同じく、東京九段の軍人会館で近衛内閣が組閣。陸相の東条秀樹が大政翼賛会を発足。 以後、日本は急速に右翼化 

昭和十年十二月八日  

憲兵特攻が松江の宍道湖近くに滞在中の王仁三郎を奇襲し検挙
           ↓             
         その六年後

昭和十六年十二月八日

特攻隊がハワイの真珠湾に停泊中の米国太平洋艦隊に奇襲攻撃

昭和十一年四月十八日

綾部・亀岡の聖地及び大本関連施設がダイナマイト1500発で破壊
           ↓          
         その六年後

昭和十七年四月十八日

米軍機が東京、名古屋、神戸等の本土を空襲爆撃で廃虚化

昭和二十年九月八日

大審院にて大本は無罪。出口王仁三郎、国への賠償請求放棄。
           ↓          
          その六年後

昭和二十六年九月八日

サンフランシスコ講和条約で太平洋戦争終結。戦後連合国は日本への賠償請求放棄

出口王仁三郎師の投獄期間というのは
昭和十年十二月八日から昭和十七年八月七日の六年八ヶ月

日本の連合軍占領下の期間が
昭和二十年八月二十七日から昭和二十七年四月二十七日の六年八ヶ月

第一次大本事件から最終の無罪結審までが九年九ヶ月

太平洋戦争勃発からサンフランシスコ講和条約締結までが九年九ヶ月

出口王仁三郎師の神業は全て「対」になっているのが特徴でもあります。
二度にわたる大弾圧もそうだし、大本の聖地綾部は火と天、亀岡は水と地をあらわしますし、開祖出口ナオと聖師王仁三郎は、艮(うしとら)の金神と坤(ひつじさる)の金神の対。そしてこの出口王仁三郎師の神業はまだ続いて対となっているのです。それが玉依姫の神業であります。これはちらちらと「霊界物語」にも出ているのであります。

 

このことは追々おわかりになってこられる方々も増えて参りましょう。簡単ではございますが、以上です。出口王仁三郎師についてはこのブログでも詳しく取り上げていく予定でもあります。

 

        出雲 拝

« ご質問 霊格を上げるには | トップページ | 幸せを呼ぶ龍宮物語  帰神口述 »

コメント記事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1282412/51444355

この記事へのトラックバック一覧です: ご質問 王仁三郎の雛形経綸:

« ご質問 霊格を上げるには | トップページ | 幸せを呼ぶ龍宮物語  帰神口述 »