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2013年6月19日 (水)

続き

三次元で生きていくなかには、必ずといってよいほど、悲しみ、挫折、悩み苦しみを抱える時期というのがあります。どの方にもあります。たとえば、最愛の人の死というのがあります。この衝撃は大きいです。言葉で言い尽くせないほど、大きな衝撃であることがあります。その心情は、その当人でないとわからないものです。
また、挫折のさなかにある人、苦悩のまっただ中にある人も同じでしょう。

でも、これではいけない、こうしなければいけない、とそれぞれその渦中にある人たちはわかっているのです、理屈は。
しかし、理屈で通らないのがこの三次元です。出口王仁三郎師もお子さまを亡くされたことがございました。その時は、人目もはばからずに大泣きしたと言います。たとえ高次元から来たと言っても、人間として生きている証でもございます。そういう理屈では通らない三次元、肉体を持っている人間世界であるからこそ、そこに文学や芸術も生まれるのだと思います。

三次元世界は地獄に一番近い世界ですが、ゼロからやり直せる世界でもあり、肉体を持っていろんな経験を積む世界です。
そういう意味では高級霊であっても、四次元五次元の魂の方であっても同じです。いろんな悩みの中におかれて苦悩するのも同じ。
ただ、その逆境の中で何をつかみ、何を発見し、どんな教訓を智慧を得てきたか、その違いがあります。霊的な進化を遂げるためには、こういう時の心構えが大切です。

私達は同じ境遇におかれ、同じ問題に出くわしても、その問題をどう捉えるかは皆それぞれちがいます。
ある人は、そのなかで、快刀乱麻の如く問題を解決する人もいれば、
ある人は、その失敗や哀しみや苦しみから教訓を掴み、「経験知」としていく人もいます。ある人は、一年も二年も十年もそのことにこだわって、悩み続け、執着の固まりとなる人もいます。ほんとうに十人十色です。

子どもがいない夫婦にとっては、子どもがいないことを不幸に思う人もいますし、お金がない人であればお金がないことを最大の不幸と思うでしょう。
けれど、子どもがいる家庭では、その子どもが問題を起こし、家族の大きな苦悩の種になることもあります。お金が沢山ある人には、そのお金があるがために身内での醜い争いが繰り広げられたりすることだってあります。
こうしてみると、幸、不幸というのは、この世的な境遇だけでは判断できないことがわかります。

ですから、天上界の視点というのが大切になりますが、これがわかりづらかったら、もの事を「多面的に捉えてみる」ということを心がけてみることです。
出来事には両面があり、その両面を多面的に観てみると実にいろいろなことに気づくものであります。これも大切なことです。ですから、ご自分の問題を最大の不幸と考えるのをちょっとやめて、自分と同じことで悩んでいる人はどんなふうにしているか、あるいはもっと全体を観てみると自分よりももっと深い傷を負っている人がいるということも発見できるかもしれません。

悩んでいる時、苦しんでいる時に相談できる信頼する人が側にいる人は幸いです。もし誰にもうち明ける人がいないという方はこの龍宮界の門を叩いてみてくださいませ。

            出雲 拝

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