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2013年6月21日 (金)

志に年齢は問題ではありません。

『…この歳になって今更ということがあるのですが、いや、しかしやりたいことはやったほうが良いようにも思えますし、いろいろと迷いますが…』
との問い
スポーツでもそうですが、基本フォームというのがありますね。野球のバッティングでもサッカーでも、ボクシングでも。基本をきっちりして、その後、個人に合うように応用させていくのですね。同じく、御霊の向上のためにも基本フォームがあります。それは「今がその時」という自覚です。どこかの人気予備校講師のキャッチコピーみたいですが、禅の教えの中心も「今を生きる」という、御霊の次元を一段上げるための基本フォームを教えてきたのです。

あなた様が今たとえば60代なら、70代になった時にあの時やっておけばよかったと後悔なさるでしょう。70代の人なら80代になった時にあの時、やっておけばよかったと思うでしょう。80代の人なら90代になった時にあの時にやっていれば、悔いは残らなかったかもしれないと思うかもしれません。高齢になって志しを立てて頑張っている途中で寿命が来て、なんと後悔があるでしょうか。

江戸後期に伊能忠敬という人がいました。お若い頃は大変貧しくて散々苦労しますが、伊能家に養子に入って、家を建て直し、やがて隠居となった五十を超えてから学問をし自分の子供くらいの先生について学び、やがて日本全国を自分の足で歩き回り、日本地図を完成させたのです。当時の五十というのは今で換算すると七十代と考えても良いかもしれませんね。

一番いけないことは何でも先延ばしにしてしまうクセです。御霊のアセンションのためには、あるいは高次元に行くためには多くの人を救わねばならないと思って、せっせと伝道とやらをやっている人もいるかもしれませんが、こういう人たちは何か結果を残さないと高い次元には行けないと思っているのです。

それは全くの誤りであるということを断言しておきたいと思います。御霊のアセンションにとって最も大切なことはご自身のおかれている環境の中で生きるその『過程』が一番大切なのです。いろんな問題が人生にはあります。その「過程」のなかでどう生きたか、何を掴んだか、何を観たか、それこそが大切なのです。

たまたま歴史に名が残っている人もおりますが、実際にあちらの世界に行ってみれば、そんな歴史に名が残っていない人たちが結構高いところに居ることに驚かれると思います。むしろそういう人たちの方が多数を占めていると思います。その逆もありますよ。名が残っている人でもしっかり地獄でもがいている人もおります。(¨;)

どうしても私達は問題が出てくるとそこからの出口ばかりを懸命に探してもがいてしまいますが、そこを発想を変えて、入り口としてしまうのです。腰を据えて、なるように成るわい、というある意味そういう気持ちも大切かもしれません。
そして、その中ですべてを「しみじみ味わう」ようにしているといろんな教訓がつかめて、いろんな智慧を蓄えていけるものです。これがなかなか出来ないのですが、常に意識していれば、それが自然になってくるのです。
食事でもよく噛んでたべると消化吸収がいいですね。御霊も同じく、なんでもしみじみと経験して細かく「観て」いきますとすべてを「昇華」できるのです。

ですので結果など問題ではないのです。成功することもあれば失敗に終わることだってあります。そんなことはどうでも良いことで、その「過程」をどう生きたか、それが御霊のアセンションを決めるのです。一万人の人に神理の本をばらまいた営業マンのような人よりも、たった一人の人でも、その人の哀しみ、苦しみを共有するかのように深く愛を注いであげる人に軍配があがるのです。
                出雲 拝

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