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2013年10月14日 (月)

はじめてこのブログを訪れる方々へ

はじめてこのブログを尋ねて下さる方々が増えて参りました。またはじめて「幸せを呼ぶ龍宮物語」を拝読した方々もいらっしゃることと思います。そして、ご質問も頂いておりますが、その中にはほんとうにこういう目には見えない世界がはじめて、御霊が人間の本質であるということを知ったのもはじめてという方々もおられます。


すべてがはじめてであるが故にこのブログ自体もご理解し辛いという御方もおられることと感じます。ですのではじめてこういう世界に意識をお向けになられた方々に向けて今日はお伝えいたします。


おそらく今後は、このブログを新たに訪れる人と離れていく人たちと分かれていくことになるだろうと推定しております。と言いますのも今現在チラチラのこのブログをご覧頂いている方々の半分くらいの御方々は、あちらこちらといろんなブログをご覧になり、ご自分なりにいったいどれが本物なのか、あるいは目新しい情報がなく、同じ事を繰り返し言っていることに飽き飽きしてらっしゃる方々もおられるでしょう。もっともっと新しい情報を、もっと程度の高い内容を、もっと宇宙規模的なことを、もっと刺激的な内容のことを…
それを期待していらっしゃる方々にとりましては、実につまらないブログに感じると思います。


残念ながらそういう御方々のためにこのブログは書かれているのではなく、この時代をあえて選んで生まれて、この時代の大峠を乗り越え、この時代に御霊の次元上昇を果たすことを切望している方々にこそ、ご覧になって頂くために書かれているものであります。天界の龍宮界の玉依姫、そしてその御霊の半分を持って下生している「天乃河ます美」もそれを前提と致しております。


「幸せを呼ぶ龍宮物語」という神書は全体を通して「御霊」の尊さ、「御霊」こそがすべてのすべてであるということを一貫して伝え続けている書であります。私達一人一人の存在は肉体ではなく「御霊」なのだ、ということ、それを真に知ることが、真実の幸せを呼び込む基なのであるということであります。そして「物語」としているのは何がなんでもこの書に書かれていることを信じなさい、とかこうしなさい、ああしなさいというお仕着せがましく言うのではなく、私は真実を語りますが、それを信じる信じないはご自由にしてください。ただ、私達は真実を真実のままに語ります、という念いから「物語」とというタイトルを語尾につけたとお考えになられても差し支えございません。ここに女性高級神霊らしさが出ているのです。これが男性霊であれば、決してこういうタイトルは付けないはずです。


そして、この「幸せを呼ぶ龍宮物語」は「貴女方」というふうな呼びかけがなされておりますが、これはとりわけ女性たちに対して特に呼びかけているのです。
もちろん、この書は女性だけに書かれたものではございませんが、現代の日本女性というのは、世界レベルで見ましても、かなり見劣りがする女性達が多いのも現実でございますし、何よりもそういう女性たちが重きを置く価値観というものも本来の女性霊からしますとかなりかけ離れた状態になっていると思われます。
このあたりの事情は豊玉姫の御霊をくむ、「天乃河はるみ」(補佐役としての今回の役割)も大変気になさっております。


また、現代はかつてないくらいの龍宮界出身者が数多く地上に生まれていると言う事情もあり、そういう女性たちはかなりこの世的には周囲から浮いたようになり、苦しみを生んでいるということもあります。そういった世界の方々に対してのメッセージも込められているわけであります。


もちろん、そういう女性たちだけではなく、真摯に受け止め、御霊を向上させたいと願う方々に対してもそのお手伝いをしたいという願いも玉依姫はお持ちでございます。


最大公約数的にご質問にお答えさせて頂きましたが、さて、では「幸せを呼ぶ龍宮物語」そしてこのブログでは何をお伝えしたいのかということですが、


まずはじめに、

一番目には

人間の本質は肉体が主ではなく「御霊」が主人公であるということです。  皆様方のお一人おひとりが御霊であるとどうやって証明出来るのか、これは 残念なことに科学的に実証する術は今のところございません。これが御霊です、とお見せすることはできないのです。しかし、「御霊」の本質を知ることはお出来になるはずです。たとえば一面に色とりどりの花が咲き乱れているのを見て、汚い!と思う人がいるでしょうか、おそらく全ての人が「美しい」と思うはずです。あるいは困っている人を助けてあげて、その人から心からの感謝をされた時にどう思うでしょうか、役に立って良かった、嬉しいなぁ、と思うはずです。


また科学で証明されているもの以外信じない人でも実は目には見えないものを信じています。「勇気」は見えませんが、それが存在すると全ての人が信じています。「愛」というものもその姿形を物質的に見た人はいませんが、すべての人がそれが大事だと言います。美しさであるとか、愛であるとか、勇気であるとか、そういうものは実は「御霊」が知っているものだからわかるのです。


また抽象的、あるいは観念的なことを理解できるというのも、これは御霊がコトバを超えたもの、三次元の言語では限界であることでも理解できるのも御霊が知っているからなのです。それがわかるというのは、頭脳では絶対理解など出来ないのです。ちゃんと御霊が知っているからわかるのですね。ですから、人間は肉体を超えたものであるということです。


二番目

では、肉体にその尊い「御霊」を宿してこの物質界で何の目的で生きているのでしょうか。それは「御霊」をよりいっそう向上させる目的があるからです。
皆様は死ねば何もかも終わりだと本当に信じているでしょうか、わたくしは大抵の方々はその心の奥底にはそうではないのではないか、と思っている人たちの方が多いと信じております。本当に死んでしまえば何もかも終わりであれば、全員が好き勝手にしないとそれはそれは損ですね。自分の欲得のために人のものを盗んでもいいではありませんか?気にくわない人を殺してしまってもいいのではありませんか?そのほうが都合良く気持ちよく生きれるのではないですか…


どうせ死んでしまえば全てが終わりなら、人のためではなく、自分の欲得、快楽のために人生を費やさないともったいないではないですか?
でも、ほとんどの人はそんなことはいませんね。なぜでしょうか…もし人のものを盗んだり、人を殺してしまったなら、心が平和では決してないはずです。
それは、御霊が苦しむことを本質的に知っているからです。御霊の三次元の近いところには「良心」というものがございます。これが方向が違っているということを知っているのです。



三番目は、

この時代を皆様方は選択して生まれてきたということです。
ながくなりますので続きを書きます。

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