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2013年11月15日 (金)

ご質問

「天乃河ます美に御霊の半分を授け、龍宮界よりもう半分を出し、全霊「玉依」として、ありますが、その意味を知りたいです。魂の兄弟という考えではないのですか…」との問いについて


このご質問もよく受けるものの一つでございます。
おそらくご質問者様は高橋信次師の著書なりを学ばれたことがあると思いますが、御霊にはそれぞれ生まれてくる前の出身次元というものがございます。私は個人的にあまりこの次元論は好きではありません。と言いますのも、どうしてもこの世的な優秀かそうでないか、上か下かの判別をしたがる、所謂この世の価値観で観てしまいがちになるからです。


五次元より六次元が上、六次元より七次元が上、七次元より八次元が上だから、八次元の神々の言うことだけを学んで、それより以下の次元の者はどうでもいいとか、そういうお考えの方々も結構いらっしゃるのです。


この次元というのは、古い御霊であるか新しい御霊であるかだけの違いにしかすぎないのです。これを喩えて言えば、ご質問者様は、小さな子供をみられて、どう感じますか… かわいいなぁ、生長したらどんなふうになるんだろうと考えますか、それとも、なんと知能の低い分別のない出来損ないなのだ‥と考えるでしょうか。
小さな子供は経験もありませんから、危険なところへよじ登って、怪我したりもしますし、母親の言うことを聞かずに、わがままな態度をとったりもしますね。


新しい御霊の方々もそれと同じなのです。今現在こういう方面に関心を寄せておられる方々はそれなりに御霊が生長している方々であると思いますが、そういう方々でありましても、はるか昔の新しい御霊の時代には同じようなことをしていたのですね。


小さなお子さんが、泣いたり駄々こねたりしているのを観ても、自分もそういう時があったなぁ、あの頃が懐かしいなぁ、と思うものです。ですから、そういうお子さまを観ても、眼を細めて暖かいまなざしで見つめることが多いと思います。


神々と言われている御霊の方々も新しい御霊たちをそのように見つめているのです。神々と呼ばれる方々であっても、大昔はみんな同じであった過去を持っている方々が多いですから。ですから、自ずと暖かく時間がかかっても、そういう御霊の方々を導いていこうと気長に待てるわけなのですね。


これが次元についての私なりの見解です。
では御霊はいったい、どのような構成になっているのかと言いますと、これはご質問者様もご存知のように御霊は六人の御霊構成で順番に生まれ変わっているのです。その御霊の一番霊格の高い方を本体として、あと五人の分身で六人構成になってます。そしてそれぞれがこの地上で経験したことを共有しあいながら、御霊全体が生長していっているのです。その御霊の分身のうちの一人か本体が守護霊を務め、この三次元での御霊修行が計画通りいくように、いろんな場面場面で守護しているのです。


そして、こういう形態をとっているのは、まだ課題が残っている御霊で必ず生まれ変わらなければならず、まだ輪廻の枠を超えられていない御霊たちの形態であります。それは次元で表現するとするとその出身次元が四次元から五次元、そして六次元の真ん中あたりくらいの御霊たちが中心であります。こういう御霊たちの修行の場としてこの三次元世界が提供されているわけであります。


三次元世界がまだ幼い御霊だけであれば、どうしたらいいのかわからなくなりますね。地上でも学校に生徒だけがいて先生がいなくては授業になりません。
そこで、ある一定の数のもう輪廻の枠を超え、三次元を卒業された御霊たちが地上に出ては、いろんなことを地上に残したり、あるいはいろんな教えを説いたりして、新しい御霊たちが生長できるように導いているわけです。


この輪廻の枠を超える次元とは、六次元の上段からです。輪廻の枠を超え、もう地上に御霊修行のための計画を立てて生まれる必要のなくなった御霊は、地上を観て、自主的に地上の人たちをナントカしたい、と思って出てくる人達ですね。


そしてこういう御霊たちは六人構成の枠も超えているのですね。
これを喩えて言えば、つきたてのお餅のようなもので大きなつきたてのお餅があって、それを小さくちぎってポンと地上に投げるようなもので用が済めば、また元のお餅に戻して一つのお餅になるといった感じでしょうか。
ですから、自由自在なものであるのですね。


それともう一つはこのつきたてのお餅からもう一つのお餅を分けて、その分けたお餅からまた地上にその一部を出すということもできるのです。
たとえば、玉依姫の御霊から「弟橘姫
」を分霊としてだしたということが書かれていると思いますが、実はたまたま地上で有名になっただけで、それ以外にもいくつもの御霊を分御霊として出しているのが玉依姫であるのです。
それだけの御霊の光が多いということであります。


これが分霊というものであります。ご質問者様であればご理解できると思います。


さて、ここまでのご説明から『天乃河ます美』の五割と霊天上界の龍宮の玉依の五割を出して全霊となるというのはどういうことか、と言いますと、
これは地上の『天乃河ます美』はつきたて餅の半分で出ているようなものなのです。五割を出すというのはあちらの世界では、相当の覚悟と決意がないと出来ないことですし、なかなか五割の御霊を降ろすということをする神々もあまりおりません。それは地球系の霊団としての要請があったからそういう決意をされたということであります。


そして『天乃河ます美」の御霊にあちらの世界の龍宮界より、もう半分の玉依姫を身体に入れてと言いますか、ちょっと表現には限界がございますけれども、十割として、あの「幸せを呼ぶ龍宮物語」が語り降ろされ、また自動書記で降ろされているわけなのです。十割というのはどういうことか、おわかりでしょうか。


この地上ではピンとこないのが普通でございますが、あちらの世界から観ましたら、過去に例のないことでもあるのです。五割の御霊を持って地上でご活躍された、高次元霊の御方はおりますが、全霊という「かたち」で語り降ろすというのは、おそらく過去にもないと思います。


私は、最もすごいことをする女性神霊がいると一番最初に注目したのも、この全霊で事にあたるというところであります。他の女性霊でここまでなさる方はおりません。高次元霊は、たいてい御霊の二割、三割程度で地上でお仕事をされるの一般的であります。


ですから、五割の御霊を持って出たというのは、この時代にこの大和の国にとりましても、約束事であり、大きなご使命を担っているということの証でもあります。龍宮界という世界は地上にはほとんど関心がないとお考えの方々もいらっしゃるでしょうが、地上に関心なくあちらの世界でヒラヒの舞っているような方々が、五割の御霊を出すでしょうか…
龍宮界という世界の地上での先入観を改める時は必ず来ます。


この地上世界では、それを証明する手だてはありませんが、もし、あちらの天国世界とつながった形で霊能力がある方々があの書をみれば、そうとう美しい光の書に見えるはずです。過去に数名そういう方々がおられました。


大ざっぱに書きましたけれど、またご理解がゆかないところがありましたら、いつでもご質問くださいませ。



           出雲 拝

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