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2013年12月10日 (火)

「幸せを呼ぶ龍宮物語」第二章に関連して

『信仰心というようなもの、どのような宗教に属するか、また属さねばならないかといったようなものではなく、人間を越えた、大きく、偉大な「神」に対しての「信仰心」というものをもって、人間界を生きてこられた御霊であれば、つつがなく、御神霊と共にまっすぐに、幽界という死者がはじめに落ち着く場所へと向かわれます。

それは、この世の時間で申しますと、一週間から七週間という間に行われます。だいたいにおいて、そのくらいの間に、今までの三次元である人間界とは大きく異なるという事が理解できてきます。』



    「幸せを呼ぶ龍宮物語」 

    玉依姫(通信者 天乃河ます美)



幸せを呼ぶ龍宮物語 第二章に関連して御霊についてでありますが、肉体の死を迎えた人で、それなりに信仰を持っていた人、あるいは神の存在をしっかりと認めていた人は、それぞれの御霊とご縁のある御神霊に導かれて、まず幽界という四次元精霊界へ参ります。その世界は三次元世界と大きく異なりつつなおかつ三次元とよく似た世界という表現をしてしまいますが、そういう世界であります。


この世界で、いろいろと地上にいた時のことを省みたり、非常に懐かしい方々とお会いすることもあります。この四次元幽界と言う世界は、それぞれの方々の心情に応じた世界が展開されるので、一律にこういうところがあって、こういう世界であると説明をつけるのは難しいと思われます。


また死後あちらの世界へ移行するのも、ある人は昔から言われている三途の川を渡る人もいれば、近代的な空港のようなところから旅立つ人もいれば、いろんなところから移行していくようであります。これも人それぞれの心情や心の段階に応じて展開されて参ります。ですので決して一律に三途の川を渡るということではありません。なかには、肉体を離れて、大勢の高次元霊たちに囲まれながら、大変な高速でもといた世界に一直線で戻られる人もおります。これは高次元界で要請された三次元での計画を全うした七次元以上の方がそうです。


こういう高次元の方々は、あちらへお戻りになりますと、すぐにあちらの世界でのお仕事に取りかかるようであります。しかし一般の人達、だいたい六次元の半ばあたりの方々であれば、肉体としての感覚を捨て去るのに少々の時間がかかるのがほとんどであります。そしてその間に生前のご両親や自分の伴侶、兄弟姉妹たちと懐かしくお話したり、非常に至福の一時を過ごします。


地上の肉体を脱ぎ捨てた人の大半はまず四次元幽界で、肉体を持っていた時の感覚を脱ぎ捨てるための何というのでしょうか、レッスンのようなものをします。レッスンと言っても何も訓練をするというのではありません。


四次元幽界以上の世界は非常に自由ですし、その人その人に合わせたやり方で霊として目覚めるために御神霊が導いてくださるのです。それは先程も申しましたようにいろいろなケースがあります。


たとえばあちらの世界ではもう食事をしたり御茶を飲んだりする必要はないのですが、安心させるためにその方をご指導する御神霊と楽しく御茶を飲みながら歓談することだってあります。


死後間もない御霊の方はまだ三次元的な感覚が残っておりますから、そういうことから安心させるということですね。


しかし、だんだんと霊的な目覚めが進んできますと、三次元的な感覚も必要ではないということがわかってきます。それまではいろいろと今ほしいと思うものがあれば自由に手に入れることができるのですが、そうしたものはもう必要でないと思い始め霊的進歩が進めばそれは「ごく自然」になくなっていきます。
そしてもう一つ上の霊界へと旅立つ御霊の方々もいれば、しばらく四次元幽界に居てそこから地上へともう一度生まれ変わる御霊の方々もおります。



        出雲 拝

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