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2014年3月 7日 (金)

御霊のアセンションについて3

地震警戒予報は今後も継続いたします。警戒日があった時は暫く二、三日くらいはご注意して頂ければと思います。



「中道」とは「調和」の心であるということを述べました。すなわちこれは神の心そのものであります。自然界、森羅万象はすべてこの中道に即した神の念いで司られていると言ってもよいのであります。人間もこの自然から学ぶ時に、愛と慈悲そのものへ立ち返っていくということなのです。中道というコトバを使っていますが、この大和の国では古来からこうした生き方を「カンナガラの道」と言ってきたのであります。



『幸せを呼ぶ龍宮物語』のなかで玉依姫は次ぎのように仰ってます。



科学によって神の世界を解明しようという努力は結構ですが、今の貴女方の前に、先に神という大いなる存在があったのです。いえ、それがあるからこそ、貴女方の存在もあるという事は、どのようにひねくれた考えでもってしても、完全な否定はできる訳はありません。どのように科学が進歩したとしても、更にその先に、神というものがおられる事を決して忘れてはならないのです。
が、未熟霊たちは、神の存在以前に、自分の存在さえもわからないでいるのです。
私がここで「大いなる存在」あるいは、「神」などと申しておりますのは、キリスト教の神、仏教の神や仏、イスラム教の神、日本神道の神といった特定の神ではありません。が、このような神々は確かに存在しています。今、貴女方の世界では様々な宗教に分類されておりますが、根本は一つの教えであったのであります。この地球という星の上においては、すべて同根なのであります。



わたしたちがこの中道の中を歩んでいる時は、否応なく神という存在にぶち当たります。ところがこの中道から外れた生き方をしている人達が後を絶たないわけであります。そういう人達の末路が死んだ後も執着を残し、未熟霊となってしまうのです。科学の進歩というものも、中道から外れた時、すなわち、極端な自分たちだけの国益や攻め入られるかもしれないという恐怖心からの科学を利用しますと、最終的には核の脅威にさらされるということにもなります。結局は自分たちで自分たちの首を絞めるようになってしまうのです。



また、イエスの説いた愛、仏陀が説いた慈悲、老子の無為自然、モーゼの教え、イスラムの教え、すべては「大調和」を説いたものであります。すべての人達が中道を知り、中道に入り、もう一度、世界宗教のあり方を見直すなら、必然的に万教は同根であるということが自ずとわかるようになるのです。大きくは世界宗教同士の争い、小さくはネット信者同士や小さな団体同士の批判合戦、すべて中道をはずれた哀れな姿であると言わざるを得ません。



中道というコトバを使って言えば、イエスも中道を説いたのであり、老子も中道を生きるということを説明したのであり、モーゼもイスラム教も中道を旨とする生き方を説いてきたのであります。谷口雅春師の教えは中道とは違うだろうとお思いの方々もおられますが、谷口雅春師もまさしく中道の道を説き続けられた御方でありました。よくよくご生前の生命の実相なりその他のご著書をお読みください。



谷口師は大調和の道を大自然の法則からいろんなことをご説明されているはずです。その生き方こそ中道であるということなのです。そしてその道を歩み続ける先に、両極にある善と悪この二つの対極を越えた世界、その両極端の右も左も断ちきった世界、それが光一元の世界なのだということを説かれはずです。わたしたちが目指すものはもちろん、光の世界であります。大調和の世界であります。この光一元の世界は中道の中を歩む先に行き着くのだということです。同じく宇宙系のチャネリングで正しいものもこの一元的な観点から説かれていると思います。



どうしても、この三次元からしますと教えに違いがあるように感じますが、別の喩えで言えば、たとえば同じ建物に居たとしても、五階から観る景色、六階から観る景色、七階から観る景色、八階から観る景色はそれぞれに違いがあると思います。でも、同じ建物から観ているのはかわりがないわけです。これは今現在のそれぞれの御霊が歩んでいる段階が違うということでもあるのです。今後、御霊のアセンションする方々も出てこられると思いますし、それに期待しますが、これまで五階の景色しかわからなかった人が六階にあるいは六階に居た人が七階に上がりますと見え方も違ってきますね。是非これまでと違った景色を見て頂きたいと思います。そうすればなるほど万教は同根であったと心底わかるはずです。
……ただ違った景色と言っても、出来るだけ下の階には行かないようにしたくださいませね(¨;)



ではもう一つのご質問であります、自然界と諸法無我と色即是空は、中道に則っているのか…ということですが、答えはそうです、ということです。たとえば、この地上で生きていくためになくてはならないものに水があります。水になるためには酸素分子と水素分子が必要です。また空気の中にも酸素があります。この酸素は大切なものですが、いくら大切だからといって極端にこの酸素濃度が高すぎると、どうなるでしょうか。地上のあらゆるものを酸化させ、さび付かせてしまいます。人間の身体の細胞も傷つき、酸化作用によってあらゆる病気が発生し、人体は瞬く間に老化現象を現してしまいます。
水素というものもこれは大変な爆発力があり水爆まで作られたほどです。
どちらも、多すぎると大変危険なものですが、これが程良い割合でうまく調和いたしますと、水という物質に変化し、私達には欠かせないものとなります。
そしてその水は太陽の熱にさらされると気体となり上空へあがり、雲となり、その雲がさらに重なっていきますと雨となり雪となって再び地上へと舞い戻り、地上を浄化し川となり、やがて大海へと出ていきます。このように本質が変わらずに循環している姿を「諸法無我」と言うこともあります。同じように色即是空、空即是色などと言われることもあります。輪廻する姿を言ったものです。


ただ、こうした仏教用語というのは当時のお釈迦様が言ったことではなく、後々の人達が体系化していくなかに使われ、やがて学問化されていった用語ですから、こうした用語そのものに囚われて大局を見失ってはなんにもなりません。
この地球上の大自然というものもそれを包むところの大宇宙というものも、大調和の中にあって司られており、私達は人間が複雑に塗り固めた教えを取り去り、
大自然をよく観ていくなら、そこに自ずとどのようにこの地上を生きていくのが正しいことなのか、神の念いはどこにあるのか、ということがわかってきます。



では中道の生き方というのはどういうものなのか、また中道から外れないように生きるにはどうすればよいのかということであります。よく言われているのは中道とは、合掌の姿そのものであるとかこのように言われることがありますが、
抽象論よりも具体性のあるものが大切と思いますので、そのことについて次回お話してみます。ご質問にお答えしながら書きましたので、まとまりがなく書き進めてしまったようで、それこそ中道から外れたかもしれません。(¨;)
次回はもう少し簡単に要のところをご説明できるように努めます。



端的に簡単に言えるのが高次元の認識力なのですね(^_^;)「玉依姫」や「天乃河ます美」のお言葉をよくみてください。非常に簡潔に仰っておられるはずです。これが高次元の姿であるわけです。
わたくしの説明がわかりにくければ、それはわたくし自身の悟りそのものを現しているわけでありますから、それはご勘弁くださいますよう。



つづく



           出雲 拝

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