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2014年5月17日 (土)

ご質問 まとめ

 
「人間は御霊だということはわかりましたが、どうしても次元の高い御霊、低い御霊というふうに見てしまうのですが…」との問い




それが知で御霊があるということがわかった段階であります。それは最初の第一歩でありますけれども、その先はいくら頭で理解しようとしても、御霊の全てはわかりません。あなたは他の人の御霊は素晴らしく見えるけれども、自分の御霊はちっぽけなものだと、まだまだ次元の低い御霊だと思っているところが問題ですね(^_^;)この世の価値尺度で御霊を判断しているところにあなたの誤りがあります。



何度も何度も言ってきましたが、御霊は偉大です。例えば一本の大木を神とたとえれば、その木には葉っぱが繁っています。その葉は一見すると同じように思えますが、実は同じ葉は一枚もないのです。それぞれがみな違うのです。
一本の大木は無数の異なった葉を持つ木であります。神さまは自己反復は決してしません。あなたの御霊はユニークで特別な個性として創られたのであります。それが神のご意志だからです。あなたにしか出来ないことをさせるために。
やがてはどのような御霊の方でも、最終的には一つの惑星を預かるだけの御霊へと生長していくようになっているのです。宇宙は御霊の数だけあるのです。



おそらく、あなたにはいろんな諸問題や悩み、劣等感がおありなのだろうと推測いたします。まずはそれらを解決し、もう少し自信をつけて頂きたく思います。
三次元の諸問題は三次元を超えた、あちらの世界の視点を持つことによって、違った観方が出来るようになります。もう少し頑張って頂きたく思います。それが御霊のお勉強ですね。







「…玉依姫が地上の人間を観る時には、どのように映るのでしょうか、地獄に行くか天国に行くかもわかるのですか‥」




おかしな巷の霊能者と称する者たちは憑いているものが動物霊であったり、地獄界の者、魔界のものといろいろです。ですが、言うことはご立派であります。そういう霊能者たちは、現在その人が考えていること、よこしまなことを考えていることを言い当ててみたり、ちょっと先の未来を言い当ててみたりすることは出来るのです。



この三次元世界は地獄のてっぺんでもあり、地獄の者たちに一番近いところですから、よくわかるようであります。こういう人達に鑑定されるとコワイくらいよく当たるとみなさん言いますね。




ですが、八次元にある龍宮の玉依姫がもし、地上のあなたを観るとすれば、五千年以上前のあなた(おそらく、数十回の転生)、そして現在のあなた、そして未来のあなたというように過去、現在、未来を同時に観ることになるのですね。すなわち高次元霊の観方というのは、近視眼的でピンポイント的な見方ではないということです。もちろん、ある問題にスポットを当てて観る時もありますが、そういう時であっても、狭い観方ではないということであります。コトバで書けるのはこれが限界です(^_^;)。高次元霊たちが地上を観る時というのはそういう観方なのです。




ですから、これから起きる天変地異も近視眼的な観方ではなく、先の地球も同時に観ているのです。人類の行く末も同じです。そういう観方をしつつ、現在を少しでも善導しようとして活動しているのが高級霊界の神々であり、地上の人々を長いスパーンで良いも悪いも経験させて御霊を生長させているということであります。







「瞑想と精神統一がいくらやっても上手くいかず、雑念ばかりが出てくるのですが、どうすればいいのでしょうか」との問い



雑念は出るにまかせるのがベストです。そのうちいろんな思いが昇華されていきます。ただ、強引な意志の力を使って精神統一をし、無になろうとしているうちに変な霊的災いに巻き込まれることがありますから、悩みがある時や体調が芳しくない時は瞑想はむしろしないほうが安全です。



正道では、まずは八正道などの反省から入るのが一番安全です。それも瞑想というよりも、紙に自分の心のクセを見つけるためにいろんな思いや出来事、その時の自分の感情、腹の立つことなど遠慮なく書き並べてみますと、すっきりしつつ、自ずと自分の心の傾向がわかってきます。次ぎにその心のクセを直すために無理のない程度の新しい行動パターンを考案して実行してみるのですね。あまり霊的なものを求めて瞑想などはなさらないほうが賢明であります。
精神統一についてかつて出口王仁三郎師が信徒さんに語っておられたのがありますので、それをご参考までに出しておきます。





『雑念云うけど、鎮魂をして坐すわっておってもいろいろの事を思い出すように、無我無心になるとか、精神統一をするとか云うても、統一しようと思う心がすでにもう統一が出来ていない。無我無心になろうと思うから無我無心になれぬ。
 人と云うものはいくつにもその魂が分かれて動くのだ。あっちにもこっちにも魂が分かれて活動する。だからいろいろ思い出すのは、その分かれて活動している魂が思わせるので、それをまとめる、統一するのが本当の統一なのだ。思い出す事は良いのだ。忘れた事を思い出し、あっちの事を思い、こっちの事を思い、一時に一切の事を思い出す。それで本当に統一が出来るのだ。それが本当の無我の境きょうなのだ。精神喪失状態になるまで行くのが無我の境だと今の人間は思っているが、それは間違っている。そんな事をやって亡骸になったら大変や。 (笑声)



霊のある間は天かけり国かけりして勝手な事を思い出させる。つまり神様は天かけり国かける、その神に習うのが人間や。あっちの事やこっちの事を思うのが、それが真実で、そうでなくては死んだようなもんやないか。高山の伊保理、短山の伊保理を掻分かきわけて聞召きこしめさむ……総て人間がそうなった時には色々の事を良く思い出す。その時は伊都の千別ちわきに千別ちわきてあれもせんならん、これもせんならんと云う気持ちになって来る。それが無我の境でみんなの考えているような皆忘れて死んでしまう事とは違う。ああしよう、こうしようと云う智慧がついて来るのだ。あっちを思い、こっちを思う、それが大本の無我で今の世の中の無我とは違う。世の中の無我とは死んだ無我や。大本のは生きた無我や』




       出口王仁三郎




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