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2015年12月

2015年12月 9日 (水)

ご質問

「私は高橋信次先生に、お会いしてはいませんが、信次先生の言葉は本物だと感じています。…悪魔、と言ってきた人もいます。なのでこのブログで信次先生がでてきていてビックリしました。このブログの内容は他にはない感覚です。アンチ信次が多いなか、どうしてそのような根拠?になっているか教えていただけたら幸いです。」との問いについて

アドレスがないので久しぶりにこちらに書かせて頂きました。高橋信次師は九次元界にお戻りでございます。これは玉依姫からの情報です。あちらの世界でもよくお話をなさるそうであります。

翻って、この次元に立ち返って、余裕がおありなら、ご生前の著書、「心の発見」三部作、「心の原点」をお読みになられれば自ずと偽物か本物かおわかりになられるでしょう。この現世の人間が理性的に考えても理路整然と
しかも、わかりやすく書かれているのがおわかりでしょう。その後、「幸せを呼ぶ龍宮物語」をお読みになれば何が本物で何がそうでないのか、腑に落ちるでしょう。

 

 

また、高橋信次師の悪魔についての著書もあります。まさにあなた様が周囲から言われてきた手口そのものが悪魔の手法でもあります。ほぼ九割正しいことを理性に訴えかけながら、残りの一割で引っかけてくるのがいつものやり方であります。

 

 

もし高橋信次師が唯一、悔やんでいることがあるとすれば、それは次元構造をこの三次元に降ろしたことです。このブログでも何度も何度も申し上げている通り、あの世の次元構造というのは、この世的な上か下かの差別とは全くかけ離れているのです。

 

 

 

高橋信次師はもちろん後世に残る功績をのこされました。しかしそれが確立されるにはまだまだ時間がかかるでしょう。イエスも迫害され殺されました。その弟子たちも次々と殺されていきました。当時は偽預言者として扱われたからです。釈迦も当時は今で言えばただの新興宗教扱いでした。イエスも釈迦も教えが確立されるまで数百年以上もかかっているのです。

 

 

高橋信次師も谷口雅春師も出口王仁三郎師もまだ100年も経っていません。いつの時代も本物の神理を残した人達がその名を刻むのは時間がかかるわけです。今回の玉依姫とて同じでございます。こちらの龍宮界も偽物だと言う方々もおります。こっちの龍宮界が本物だ、どうだこうだとか、そして玉依姫とコンタクトを取っている人も何人も?いるそうであります。

 

 

ですから現在進行形で、というわけにはいかないのです。それどころか男性高級霊たちは迫害される方が多いです。出口王仁三郎師は弾圧され投獄までされました。高橋信次師を悪霊扱いされてもそれは時代性でもありますね。致し方ありません。

 

 

高橋信次師は心の偉大性とその法則性、そして次元との関係を詳しく説かれました。心をまあるくするために「中道」の大切さを口をすっぱくして言われ続けられました。そのためには八正道が大切ですよ、と言い続けてこられたのです。

 

 

谷口雅春師は心の法則と神の一部である自身の自覚を持つことの大切さ、いえ神そのものである自分を信じる大切さを教えられました。そのために自らの「実相」を常に見つめることと人の「実相」を見つめることの大切さを教えられました。本来あるべき真実の姿とは、神の属性そのものである。ということですね。

 

 

出口王仁三郎師は神の国をこの世にうつしだす具現化をこころみ、御霊の偉大性や今までにない未来型の教えを教えられたのです。そして「万教同根」、あらゆる正しい教えは根はひとつということを言い続けられました。どのような説き方の違う教えも目指す目的地は同じであることをすでに知っておられたからです。これは当時とても画期的な考えであったのです。

 

 

今現在、世の中は揺れながら動いておりますが、正義と称していろいろなデモを国会前でやっていたり、さまざまな国々でデモなどやっておりますが、以前ご質問がありました中で神はどちらの味方についているのかとお聞きになられる御方がいました。その時に私はこのようにお答えさせて頂きました。もし、高橋信次師、谷口雅春師、出口王仁三郎師、そして玉依姫がお答えになるとしたら、逆にあなた方にご質問なさるでしょう。「あなた方はほんとうに平和を望んでいるのか? ミロクの世を望んでいるのか? 望んでいるのならどうして『平和』に意識を向けない?」この意味を是非あなた様にお考え頂きたいのです。

 

 

正義を振りかざし、あいつは間違っている間違っていると人を批判し争いの想念を生むことは結局は地球環境をその悪想念で破壊し続ける行為に繋がり、気象の大変化を生み出すだけです。ほんとうに正しく高橋信次師の言う中道をしっかり理解され、谷口雅春師の光一元を理解出来ていたら、このようなご質問はないはずなのですね。二元対立的に物事を見ても何も根本はわかりません。

 

 

そしてもう一つ申し上げておきたいことがございます。それは教えにおいていろいろと争うのは、枠組みを設けた団体にあります。この枠組みを作りますと、自分とこの教えだけが正しくて他は間違っていると本来御霊が持っている自由な個性を押しつぶされ、視野が狭まってしまうのです。これまではそれで良かったかもしれませんが、これからは団体やひとつの教えに固執するのではなくて、ご自身の「御霊で立つ」時代なのです。それがアクエリアスの時代なのです。そのことをどうか知って頂きたいと思います。また詳しくは学習会にてお話する予定です。

 

 

 

 

          出雲  拝

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