龍宮逸話

玉依姫通信

2011年2月21日 (月)

龍宮逸話

私達、日本の龍宮界が大陸から参りました事で、今は先に進みたいと思います。

麗と凛に出向かわれました私が、あちらの玉依の隣に座した時の御話しに戻ります。

今から百五、六十年前に日本に御生まれになった髪を結った面長の御方と玉依の御話しを聞いておりました時に戻します。

どうやら、この御方はどこでしょうか、幕末でありましょうが、大きな御城でしょうか、そんな背景がみえましたが、何か事情のあります御方のようでございますね。少し粋な感じにも私にはしましたので、御城とかには御縁がないような感じでおりましたが、どうも、そうではないという事のようなのであります。

この後は、あちらの玉依とその御方の御話しを、そのまま、隣で聞いている私の考えや、思うことを省きまして、そのまま書きましょう。

しばらくの間、その御二人の会話をそのまま、書いて参りましょう。

龍宮逸話

今から大体一万年位前に、日本の周り、あるいは上空に「龍宮界」という「霊域」ができたという事であります。が、ではこの頃から私達がこの「霊域」にいたか、存在したかといいますと、少しばかり違うのであります。この頃、私達(御魂)でありましょうか、つまり龍宮界に今存在する私達がおりましたのは、まだ今の「中国大陸」の方なのです。

この頃はまだ、(この日本という島国の形は出来、霊域も出来あがりました)が、住むという、と少し又ニュアンスが違うような気が致しますね。この頃からしばらくしますと中国にも「文明」ですね、今に繋がる「文明」でありますが、これが出来る時期でありまして、私達(今の「龍宮界」に居ります御魂の多く)は大陸において、様々な活動をしていたのであります。

西洋ですか、そちらの大陸にいた御方もおります。この時期時代には主に大陸に皆さんおりました。それは、今に繋がる「文明」といいますのが「大陸」でおこりましたから、当然といえば当然なのでありますね。

 何とも、反芻しながら、ゆっくりと御話が進んでおりますが、それでもいつかは、あっと云う間に色々な事を皆さんにお話しできた、と思う時がやってまいりましょう。全く「亀」といいますのは、ある意味私達の世界の「象徴」と申しますか、動いているのか、いえ、眠っているのか、死んでしまったのか分からない存在でございますね。

ところが、この「亀」といいますのは、条件、環境が整いましたら、恐らく三次元の亀に関してで御話し致しましても、他のどのような動物よりも長命なのであります。又、今までここにいた筈なのに「あっ」と云う間に遥か遠くに居る事があるのでございます。私のこの「龍宮逸話」も始まったばかりで、何やら私が、あちらの玉依の処に行き、玉依の処にちょうど「訪問客」がありまして、その御話しにいく前に、こういった寄り道と申しますか、御話しは大変な寄り道をしている訳でありますね。

が、こういった寄り道のような御話しといいますのが、実は皆さんが聞きたいと思っていらっしゃる事が多いような気もしているのでございます。特に、出口王仁三朗様の名前をだしました以上はもう、御本人の後押しもございますから、このような感じで進んで参ります事を御承知して頂きたいと思っております。

 で、「それは、分かりました。が、いっこうに進んでいないような気がする。」と思われる御方もおいででありましょうが、「何とも面倒な尾話だ。」と思われる御方もおいででありましょうが、こういった世界が、女神のいる「龍宮界」の持っております特徴のようなものなのでございます。

こういった事を云っているのであれば、自分達の事で他の御方に申し訳けないという事まで分かっているのであれば、他の御人に合わせてやられたらどうか、という声も聞こえて参りそうでありますが、それは昔から、やってきた事ではございませんので、御了承願うほかございません。在り難い事に、このやり方でも愉しみに読みたいとおっしゃて頂いているという事を聞きまして、今更ながら、永く永く書いて参ります。

 王仁様と変なお話しでありますが、「力比べ」ですか、その様なことをあちらでお話しした事がございまして、色々と御話しして参りましたが、アドバイスも頂きましたが、全ての事において「勝ち負け」という言葉はあまり好きではないのでありますが、「負け」という事でありましょうか、私は「女性霊」でありますから、強い「男性霊」のようには出来ないという事に又気ずかされております。

 当時、一万年程前、今この日本に存在致します「龍宮界」におります殆どの御方が中国にあります「龍宮界」におりました。当時は、本当に多くの御魂が中国の上空と申しましょうか、霊域ですね、「龍宮界」に住んでおりましいた。先程も申しましたが、この当時、西洋ですか、ヨーロッパの方にも「龍宮界」といいます霊域がございますが、そちらに居られた御方もいた訳ですが、今この日本の「龍宮界」においでの御方は殆ど中国に居られた御方でございます。

そして、王仁様は最初、西洋のほうにおいでで、早いうちに中国の「龍宮界」に移られた御方であります。西洋的な御考えもお持ちでありながら、だからなのでしょうか、いたって大胆、なところも御持ちな御方でありますね、そして中国の頃には積極的に三次元に生まれた事もございます。

 王仁様の御話しも、今のところなるべく早く進みませんと、何ともじれったいと思われている事でありましょう。彼は中国大陸にしっかりとした「龍宮界」ができました当初から、移住ですか、まあ、大陸の「龍宮界」を創るともいえますが、その為に西洋の「龍宮界」から、早い段階で来られた御方なのですね、

そして、何度か三次元にも生まれた事がございました、という事は先程申しました通りでございます。中国に生まれたという事でありますね、お名前を今申しますと、さらにそちらの御話しにいってしまいますし、又この御話しの中で出て参りますので、今は省略致しますが、

御話しを現代に、ですか、現在に移しますと、「大本教」というものを常に見守っていらっしゃいますね、やはり、なんですかグローバルな感覚で見守っておられます。ですから、王ニ様の見守っておられる現在あります「亀山」ですね、ここに世界中から、「修行」でしょうか、何でしょうか、様々な御方が来ていらっしゃいますし、一つの宗教というのではなく、人間「王仁三郎」様を慕って集まって来られる御方が多いですね、

又、彼の生存中よりも違った意味で、公になっておりましょう。それも、全て、彼の意向というものの反映であるように感じます。王仁様は今はこの日本という国の男神のおります「龍宮界」に昔からおいででありますが、最近の三次元に御心を残して、というと語弊がありましょう、「気」にかけていらっしゃいますのは、「大本」でありますね、良い方向にいっているとおっしゃっております。

常に西洋、であるとか、東洋であるとかの隔たりですか、彼自信がその両方をお持ちでいらっしゃいますから、外国人が、研修に来られたり、色々な精神世界にオープンな御気持ちなのでありますね、まあ、唯一「気がかり」であり、御力を今もなお御与え続けております。

と、いいますより、そうおっしゃっておられます。私は全く現世にあります「大本」とは関係はございませんが、「龍宮界」での王仁様とはとても永い御付き合いでありますので、彼とはたびたび御話しをしておりますので、そのまま御伝えしているだけに過ぎませんが、あまり目立った働きは今はございませんでしょうが、出口王仁三郎様は今だ「気」にしていらっしゃるのが、残した「大本」、それは、三次元に残した「子供」のような感じなのであるという事でございます。

 いったん、王仁様から御話しをもどしまして、この私達がおります「龍宮界」の御話しにそろそろ戻りませんと、いったいどのような話がすすんでいたのか分からなくなってしまいましたね。

龍宮逸話

さあ、皆さんも色々と御考え頂いた事でございましょう。だいたい、何となくこの日本といいますのが、原型ですね、これが出来上がったのが五億四千万年位前でありましょう。

この日本がまだ大陸と繋がっていた頃でありますね、つまりこの頃といいますのは原型が出来上がったという頃という事になりますね、原型は出来上がりましたが、まだ、大陸とは繋がっております。それが、二千万年から一千万年位前になりまして、初めてこの島国の本当の原型というものが出来上がりました、まだ日本海と呼ばれております辺りはまだ、湖のような形としてございましたから、この頃もまだ大陸と繋がっておりましたね、そして、完全な形として、つまり大陸から離れましたのが、だいたい一万二千年前という事でございますね。

が、この時代の地殻変動というものはかなり緩やかになったとはいえ引き続いておりましたから、だいたい一万年位前という事で宜しいかと思います。そして、この三次元の島国としての現在の「日本」ですね、この上空と申しますか、この三次元の島の回りにと申しますか、何と申しましょうか、霊域ですね、四次元以降の世界でありますがこれが出来始めたのです。「龍宮界」といいます世界は地球上では一番最初に出来た「霊域」とでも申しましょうか、つまり動物や、私達人間の魂修行の場として、この星、地球もある訳なのでございますが、その皆さんの御魂修行の場所を整えるという仕事ですか、役割ですか、こういうものがございますので、一番最初に霊域として存在するという事であります。

 今は、日本のこの「龍宮界」という霊域について御話ししている訳ですので、限られた時間ということで今の貴方達に分かり易く御話しているつもりでありますが、世界中の「龍宮界」という霊域の起源については今は簡単に、その起源はこの地球という星ができた頃とだけ言っておきましょう。

 さて、大きすぎる御話はだんだんとして参りませんと、皆さん困惑してしまいますでしょうから、日本の私達の「龍宮界」という「霊域」の御話に戻りませんと、それこそ、王仁様に叱られてしまいますね。

ですから、まあ今から一万年位前にこの国に独立した龍宮界とまではいきませんが、後の「龍宮界」といいます「霊域」という空間でありましょうか、「霊域」と申しましょうか、こちらの方が何故かしっくりときますね、そういう「場」というものが出来たのでございます。が、それはそれ、皆さんも御存知の事でございましょう、その当時の日本というもの、勿論「国」として存在しておりませんし、はたして、このころどのような人ですか、なんですか、居たのかどうか、と御思いでありましょう。 

この頃には、大きな地殻変動というものが何百年にわたって起きておりましたから、「海」ですか、「水」ですか、その際ですね、こういった所に住んでいた人達、大陸からしますと、本当に端ですか、隅ですか、「水」「海」の際に住んでいた人達がおりました。この際、隅に住んでいましたのが、今の日本人の御先祖様でしょうか、肉体の御先祖という事になりましょう。ですから、この頃今から一万年前ですか、その頃には私達の肉体先祖は様々な困難を逃れ、この島国に生き残る、といいましょうか、生きていた、という事であります。

 さて、こういった、何となく考古学的な事にも詳しくもございませんし、早く本題に戻ろうと思うのでありますが、今現在、西暦2008年に御話しを進めていくのでありますから、これもいた仕方無い事と思って頂きたいと思います。王仁様もこういった事に関しては、彼の生きていた時代との大きな違いに驚嘆はいたしておりまして、彼の御言葉を申しますと「今の貴女が居る三次元とは、私のいた、たった百年の違いでも、大変キウな時代、多くは人心の御魂が大変な混乱となってこれから先が思いやられる、三千世界梅の花、龍宮界の実花開く」とおっしゃって頂きました。

 この御方、王仁様は男神のおります「龍宮界」に住まれております事は以前に御話しした通りでございます、が、そうではないだろう、と言ってくる御方もいるで在ろうとも私におっしゃいました。が、心強い御言葉も頂いております。「して、三千世界とは、何処であるのか」、「して、その世界は何と申すか」、「私が残したものに既に残しておる。」とおっしゃって頂きました。 

あちらに残る玉依にいたしましても、今三次元にいる私にいたしましても、あちらに居られます、今はまだ御名前は申しませんが、三次元に降りました王仁様とはとても古い遥かに古い御付き合いと申しますと何とも御軽い感じになってしまいますが、三次元での私の表現の未熟さなのですね、今はこの表現で我慢して頂く以外にみつからないのであります。「永い御付き合いの御方」であるという事でございます

龍宮逸話

出口王仁三郎、この御方は皆さん御存知の方は御存知であると思いますが、「大本教」を支え創った御方でございます。その破天荒な生き様、それは遥かいにしえであったら、荒ぶる神とでも申しましょうか、「竜神」そのものといったものでございました。この御方の御魂、本体(本霊)はもちろん、われらが、「龍宮界」の男神の世界でございます。そして、近年の下生も本霊の半分程の下生でありまして、その本体、御本霊といいますのは本当に古いのでございます。

 とても古いと申しましても、皆さん恐らくどの位古いのかは分かりませんでしょうが、それは、日本という島が、中国大陸からですね、ここから離れて島国となった頃という事なのであります。つまり、今現在の日本と呼ばれております島国というものがある程度定まったころには「龍宮界」というもの、これも深く御話ししませんと理解する事が難しい事であると思いますが、この今私達が住んでおります日本という国が、三次元的な姿を現した頃から「龍宮界」というもの、日本の「龍宮界」というものが存在するようになった、という当初からおいでになる御方の御一人であると申しましょうか、こと、「龍宮界」の男神の世界にはこの当初からおいでになられる御方でございます。さて、では三次元的に申しますと時間的にはどの位前かと申しますと、どの位前になりましょうか、皆さんはどの位前と思われますでしょうか、ほんの少し御考え頂きましょう。

龍宮逸話

目の前に座っておりますお方の全ての事が滝のように私に降って参りまして、私はきっとびっくり驚嘆の面持ちに一人なっているのでしょう、あちらの玉依が又、ちらっとこちらを観まして、何かこう微笑んでおります。先程、私が麗や凛に対して思わず笑ってしまいます、といった感じで、きっと玉依は私のことをおもしろい、といった感じなのでありましょうね。

勿論、悪気などといったものではなくて、不思議な事であると毎回思って私を観ているのは私にも分かります。が、何と恥ずかしい気分になってしまいますのは、三次元に肉体を持っている弱みでもありましょうか、何となく三次元で多少の「霊能力」ですか、こんなもので分かったように生活している御方は沢山おりますし、私の場合はそれで生計をたててもいませんのに、又、そういった「能力」というのは「龍宮界」からのものでありますから、恥ずかしいという気持ちにならなくても良い筈なのです。

が、ところが、そういった気持ちになってしまいますのは、やはり私は今三次元で生きているからなのでありましょう。随分と、人間のニオイを身につけておりますのでしょう。あちらの玉依に協力して頂いているとはいえ、人間の感情、人間のあさましさ、喜怒哀楽、自分が大切、等様々なものを身につけている事が「恥ずかしい」という気にさせるのでしょうね。

あちらの玉依は私の半分の存在なのに、なんと違ってしまっているのでしょうか、私である筈なのに、あまりにも尊いお方であるのは、私が三次元で身に纏った鎧の重さなのでしょう。改めて三次元という世界の厳しさを実感するのでございます。

さて、私の事はいつもこの様な感じになるという事でいったん御話しをもとに戻しませんと又何を言っているのか分からなくなってしまいますね。いつもあちらでは、近年日本に下りました出口王仁様からいわれているのでございます。この御方は私とはとても長いお付き合いでありまして、もちろん、「龍宮界」の男神の住まわれる霊域におりますが、この事は又改めて御話しいたしませんとまた、怒られてしまいますね。

が、寄り道ばかりしてしまいますのは女性霊の常でございます。ここで出口王仁三郎様の名前が出てきました以上、少しばかりは、この御方と「龍宮界」の関係も御書きいたしませんと、読んでおられる御方のほうが何か消化不良になってしまいますでしょうし、「知りたい」と思うと思うのです。

ですから、寄り道というのとは少しばかり違うと思いますし、何しろ王仁さんが、「自分の事を話すのであれば、それはそれ、大いにしてもらって一向差し支えない。むしろないで先にどう話しを続けるのであるか」と、こういったアドバイスも頂きましたので御話しいたしましょう。

龍宮逸話

私は静かに、あちらの「玉依」の隣に座りました。あちらの玉依も御話し中でありまりましたから、ちらっとこちらを観ましたが、来客の御方と御話しを続けておりました。

前に座っている御方は、そうですねおそらく日本の国で云いますと明治の初期でありましょうか、江戸の時代の着物といいますか、そう派手ではありませんが、何か新しい感覚の御着物をめしていらっしゃいました。髪は私はよく分かりませんが銀杏返しでしょうか、結っておりまして、何かこう「粋」な感じの御方でありました。

御顔は面長、年の頃は三十位に思いました、何しろ途中から同席致しましたので、最初にそう感じたという事でございます。

さて、その後は、どのような御話しをしているのか、あちらの玉依と来客であるその細面の御方の会話を静かに聞いておりました。

つまりは、この御方は肉体の私、三次元に今こうして書いている三次元の時間でいいますと百五十年くらい前に現世にいた御方ということのようです。

はじめは三次元的な感覚のもと御二人の(勿論、一人は私の半分の存在の玉依姫)御話しを聞いている、といった感じている訳でありますが、対座している御方というのが、今から百五十年位前に現世のこの日本に肉体をもって存在していたと云う事が、直接的に分かってしまうのでございます。

真に不思議な事なのですが、あちら(龍宮界)におりますと、三次元にあります「霊能力」でありますとか、「霊感」というものの感覚と言いますのは、まるで「天と地」程の差があるようでございます。

もっとずっと直接的と申しますか、例えば先程の対座している御方の人生というものが、一瞬に分かってしまいます。どう説明いたしましょうか、あちらには「時間」というものがありませんから、一瞬という長さについても説明不足になる感じでありますが、あえて「時間」というものを考慮いたしますと、古い表現では「走馬燈」また今現在にあわせますと「テレビ画面」とでもいいますか、それをとても早送りして観ている戸申しますか、そしてその内容の全てを把握していると申しますか、あらすじ以上の「人生の物語」全てを分かってしまう、いいいましょうか、

つまり、目の前に座している御方の生まれてから死ぬまでの、数十年かの人生そのもの、又感情そのもの、あるいは特にその人生についてまわった生まれるのに至った理由までもが、まるで滝のように降ってくるといった感じとも云いますか、本当に直接そのまま私に伝わってくるのであります。

龍宮逸話

さて、こういった具合で初めていつもの感じを御互いの間に取り戻したところで、私も広い玄関からそそくさと奥にあります私の部屋へ参ります。

こんな事が今までに何度有ったことでありましょうか、肉体を持っております私が帰る度にこのような感じになってしまいます。

が、これも仕方のない事なのでございます。つまりは、私がこの様な形で三次元に参りました事も未だかつてありませんので、彼女達乙姫達も良く理解できていないという事があるのです。

私は、と言いますか「龍宮界」におります私というのはどう説明致しましょうか、そのままの姿、これも表現が難しいのでありますが、居る訳であります。そして、その半分の御霊を持って三次元に肉体を持っておりますのが現世肉体の私という事なのでありますが、この辺のところが皆さんも同じようにどう理解したらよいか分からなくなってしまいますでしょう。

麗や凛はその辺りのところが一度も三次元にうまれていないという事も手伝ってさらに適当な事として理解が出来ていないと云えるかもしれません。

ただ、最後には、御霊が「玉依」である事が分かりますから、彼女達は御霊本来を観ますから、私を私と認めるのです。三次元現世に肉体を持っている何やら怪しい気、ニオイですか、それを感じるので、多少の混乱を毎回してしまうのですね。まあ、警戒心というものでございますね。そういう事であります。

さあ、玄関の両脇に置かれている狛犬ならぬ龍の阿吽は大きく呼吸でもしているかのように生き生きと美しい金色に輝いておりました。さらにその中央には、きっと誰かに頂いたのでしょう、大きな紅葉の赤々とした葉と、これまた大きな銀杏の黄色の葉が、まるで秋紅葉の頃の小さな山のように置かれております。

きっと何か山岳系の御方か、こういった御土産を持ってきてくださる山伏の御方が参られたのに違いありません。だいたいにおいて、こういった御花でないもので、それでいて風流と申しますか素朴な美を御持ち御方は決まっております。

そういえば、現世での季節もそろそろ夏も終わる頃の事でありました。奥の私のところに来客があるという、私の部屋の前まで例によって、表現は未熟でありますが、本当に滑るようにやって参りました。

来客中といえども私の半分の御霊がおりますから、何と申しましょうか静かに戸を開けまして静かにもう半分のと云いますか、あちらの「玉依」の隣に座ってこの時の訪問者と挨拶と相成りました。

龍宮逸話

さて、こういった具合で初めていつもの感じを御互いの間に取り戻したところで、私も広い玄関からそそくさと奥にあります私の部屋へ参ります。

こんな事が今までに何度有ったことでありましょうか、肉体を持っております私が帰る度にこのような感じになってしまいます。

が、これも仕方のない事なのでございます。つまりは、私がこの様な形で三次元に参りました事も未だかつてありませんので、彼女達乙姫達も良く理解できていないという事があるのです。

私は、と言いますか「龍宮界」におやります私というのはどう説明致しましょうか、そのままの姿、これも表現が難しいのでありますが、居る訳であります。そして、その半分の御霊を持って三次元に肉体を持っておりますのが現世肉体の私という事なのでありますが、この辺のところが皆さんも同じようにどう理解したらよいか分からなくなってしまいますでしょう。

麗や凛はその辺りのところが一度も三次元にうまれていないという事も手伝ってさらに適当な事として理解が出来ていないと云えるかもしれません。

ただ、最後には、御霊が「玉依」である事が分かりますから、彼女達は御霊本来を観ますから、私を私と認めるのです。三次元現世に肉体を持っている何やら怪しい気、ニオイですか、それを感じるので、多少の混乱を毎回してしまうのですね。まあ、警戒心というものでございますね。そういう事であります。

さあ、玄関の両脇に置かれている狛犬ならぬ龍の阿吽は大きく呼吸でもしているかのように生き生きと美しい金色に輝いておりました。さらにその中央には、きっと誰かに頂いたのでしょう、大きな紅葉の赤々とした葉と、これまた大きな銀杏の黄色の葉が、まるで秋紅葉の頃の小さな山のように置かれております。

きっと何か山岳系の御方か、こういった御土産を持ってきてくださる山伏の御方が参られたのに違いありません。だいたいにおいて、こういった御花でないもので、それでいて風流と申しますか素朴な美を御持ち御方は決まっております。

そういえば、現世での季節もそろそろ夏も終わる頃の事でありました。奥の私のところに来客があるという、私の部屋の前まで例によって、表現は未熟でありますが、本当に滑るようにやって参りました。

来客中といえども私の半分の御霊がおりますから、何と申しましょうか静かに戸を開けまして静かにもう半分のと云いますか、あちらの「玉依」の隣に座ってこの時の訪問者と挨拶と相成りました。

2011年2月 9日 (水)

龍宮逸話

その麗が久しぶりに私が帰りまして、なにやら凛を読んであわただしく奥の方へ言ったかと思いますと、

「今、玉依姫様のところは来客中でありますが、貴女様も玉依姫様でありますし、どうしたら宜しいのでありますか。」

と少しばかり慌てている感じは人間界の娘に近い感じがしましたので、思わず笑ってしまいました。

「では、私にとっての来客ということでありますから、肉体を現世に残しておりますが、私も同席しても何の問題はないはずなのですが、さあ、麗どういたしましょう、凛はどう思いますか?」

と申しましたら本当に可愛いのですね、何やら二人で話しているのです。

「奥の玉依姫に聞いて参りますか?」と言いますと二人共何となく顔を赤らめて、改めて「お帰りなさいませ」と申します。このように人間界でありましたら、融通とか、気が利かないとか、愛想がないとかの感じを受けてしまいますでしょう。

ところが不思議な事にこの娘たちからはそんな感じを受けないのであります。人間界でも物腰というものがございます。例えば物を置く時にでも荒っぽくドサンと置く人がおりますね。乱暴な人がおりますが、そういう事とは無縁でありますから嫌な感じを受けないのですね。

他の人の心を汚す、苛立たせるという「波長」をもっておりませんから、私も不思議だと思うのです。

三次元で肉体と共におりますし、麗や凛の存在というのはどんな感じかと色々観察するのですが、言葉で書きましたら愛想というものはないかもしれませんが、汚れていないのですね。

例えば御茶をだす一つとってもあんなに繊細に出せる人をこの三次元では観たことがございません。

龍宮逸話

この色白の麗という娘は、以前「小桜姫物語」で小桜を御出迎えた娘でございます。凛のほうは新しい訪問者を御出迎えする事にあまり慣れておりませんので、二人で出迎える事はございますが、凛一人で出迎えるということは御相手にもよりますがまだあまりございません。

麗のほうは、永くそういった事をして人霊にも慣れてきておりますから手慣れたものでございます。まあ、凛も麗について色々と勉強している最中といったところでございましょうか。

「お帰りなさいませ」と感情があるのかないのか、三次元に一度でも生まれたことのある御方でしたら、さては困ったことに愛想というようなものをこの麗からは感じられないと思います。

困った事に何ですか、三次元に一度も生まれておりませんから、人間の世界での微妙な感情というものは理解出来ないのですね。つまり心情は分かりますが人情というものが今一つ分からない。駆け引きだとか、自分を良く思われたいといったようなものはわからないのです。

もっと自然と申しますか、他の方に悪い感情を持っていないのと同時に、人間にありがちな自分を他の方に良く思ってもらいたい、というような面倒な感情が無いといっていいかもしれません。また、究極の御霊のまま存在していると申してもよいかと思います。御霊は丸く純真潔白といえましょうか。

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